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「……で、ここがこうなるので……」
その日は麗らかな午前だった。窓の外では日差しが燦々と降り注ぎ、鳥がさえずる、そんな午前であった。といってもお昼に近い頃であったが。
今日もロゼッタの午前はシリルの一般常識の講義であった。教師ではないシリルだが、今日も黒板の前で熱心に教鞭を執っていた。
ロゼッタは黙々と彼の話を聞いていた。だが、既に最初の頃の様な好奇心に満ちた瞳をしていない。
(はぁ……)
折角勉強を教えてくれるシリルに聞こえぬ様、心の中でこっそり彼女は溜息を吐いた。勉強が嫌になったわけではない。あえて言うならば、疲れたというのが適切な表現だろう。
ロゼッタがこの離宮に来て一週間以上は経つ。しかし、彼女はずっと離宮に置かれたまま、外へ出る事さえなかった。
いい加減、この生活に飽き飽きしてきたというのが本音である。
(ご飯も美味しいし、綺麗な洋服だって沢山あるけど……)
それでも満たされない感は否めない。大切にされてお人形の様に扱われても、ロゼッタの内心は嬉しいと思えないのだ。
子供達と遊んだり、家事をしたりする村での生活が恋しかった。だが、帰るつもりはない。父親に未だ会っていないのだから。
(これって、ホームシックってやつかしら?)
どれが本当の家と呼べる存在かは疑問だが、オルト村の教会も彼女にとって家なのだろう。
(……みんな、元気にやってるかな?)
そうであれば良いと思いつつも、自分の事なんか忘れてしまっただろうか、と考えてロゼッタは悲しくなった。もう自分の場所はないんじゃないかと思うと、胸にぽっかりと穴が空いた気分になった。
ずっとお世話になっていた教会。それはロゼッタにとって、大きな存在だったのだ。
ぼーっと窓の外を見ているロゼッタ。
そんな彼女を、シリルとアルブレヒトは様子を伺う様な瞳で見ていた。注意をしても良いのだが、何となく声が掛けづらい。
ただ一つ、どことなく彼女の雰囲気が暗いのは分かった。
「アルブレヒト、ロゼッタ様の様子おかしいですよね?」
「うむ。おかしい」
どこか遠くを見つめる彼女に聞こえぬ様、細心の注意を払って言葉を交わす二人。誰の目から見ても彼女の様子はおかしかった。だが、その理由が分からない。
元気のない彼女に、二人は首を傾げて理由を考える。
「リカードとまた衝突しました?」
彼女が怒ったり元気がなくなったりする原因として一番有り得るのが、リカードとの衝突だ。よくリカードと衝突しては、ロゼッタの機嫌が悪い日もある。
今回もそうなのでしょうか、とシリルは考えたのだ。
「ここ最近はあまりない」
だが、シリルの意見にアルブレヒトは首を横に振った。
四六時中行動を共にするアルブレヒト。彼の証言は一番手掛かりになる。彼がそう言うのだから違うのだろう。
「軍師に襲われた、とか?」
次に有り得るのはリーンハルトの過度なスキンシップだ。今まで幾度も彼女は被害に遭っている。
だが、これもアルブレヒトは首を横に振った。
「それも無い。リーンハルト、最近忙しい。あまり会ってない」
軍師という国の重鎮に位置するリーンハルトは、たまに多忙で離宮に来ない時もある。ここ最近はあまり会っていないのは事実だった。
「なら、どうしたんでしょうか……?」
「自分、分からない」
彼女の心情など、全く想像出来ない二人は色々な意見を出すが、どれもしっくり来ない。特に女性に関する事は二人の不得手の分野である。
どうにか彼女に元気になって貰いたいと思いつつも、時間はとうとう正午を迎えようとしたのだった。
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