アスペラル | ナノ
13


 ルデルト家もだいぶ警戒しているのが伺える。まさか、リーンハルトが放った鼠をそこまで徹底的に消すとは思わなかったのだ。
 また雇わなきゃね、とリーンハルトは軽い調子で言う。まるで簡単に野の花を摘むかの如く、あまりに淡白であった。

「……程々になさい。命はあまり無駄にするものではない」

「わー、王様らしい発言だ」

 リーンハルトの軽口に、私は王様だよ、とシュルヴェステルは返す。彼に冗談が通じているのか、通じていないのかイマイチ分かりにくい。

「でも、あちらだけ探ってくるって……やられっぱなしは嫌でしょ?」

「私はお前程負けず嫌いではないよ」

 そう言って、衣擦れの音が止んだ。笑いを含んだシュルヴェステルの言葉に、リーンハルトはそんな事はない、と反論した。

「こっちももう少しルデルトを探っても良いんじゃない? あっちだって、異常にこっちを監視してる」

 魔術を使って様々なところを盗み聞きしたり、人を金で雇って探ったりと、ルデルト家は様々な方法で王族を探っている。
 その事について、リーンハルトはあまり良い気分ではない。むしろ、自分の家や庭を土足で踏み荒らされている気分に等しいのだ。
 だが、自分の家を荒らされているシュルヴェステルは、あまり動こうとしない。あくまで彼は、その事実を知ってものんびりとしていた。

「……別に私は構わないよ。腹を探られたところで、私はあまり痛くはない」

「本当に?」

 嘘だ、と言いたげな表情でリーンハルトは呟く。何もやましい事がない人間などいないに等しい。誰だって、知られたくない秘密が一つや二つある筈だ。
 現に、シュルヴェステルの今一番の弱味はロゼッタの事だろう。彼はまだロゼッタに関して隠している事がある。

「……ロゼッタお嬢さんの母親、とかは知られたくないんじゃない?」

 リーンハルトとて、興味がないわけではない。むしろ、未だシュルヴェステルが正妻より愛しているらしい女性が気になっていた。
 ロゼッタの母親について全く情報がないが、リーンハルトにはただ一つ分かる。それは、シュルヴェステルは未だその女性を忘れていない事だ。

「……知りたいのかい、ハルト?」

 すると、仕切りの向こうから黒髪の壮年の男性が現われた。口元には薄らと皺がいくつかあるが、未だ若く感じさせる穏やかな男性だった。
 彼こそがロゼッタの父親であり、アスペラル国王である。周りの人間の国からは魔王と呼ばれる男だ。

 裾の長い華美な服を引き摺りながら、彼はリーンハルトの近くまでやってくる。

「教えてくれるの?」

 どういう風の吹き回しだろうか、と思いながらリーンハルトは尋ねる。しかし、実のところあまり期待はしていない。
 穏やかな男に見えて、これでも賢王と名高いアスペラル国王シュルヴェステルだ。そう簡単に秘密をバラすわけがない。

「まだ、その時期ではない」

「やっぱり教えてくれないわけね」

 予想通りと言いたそうにリーンハルトは溜息を吐いた。あまり期待はしていなかったが、心のどこかでは教えて欲しいと思っていたからである。好奇心が半分、もう半分は王からの信頼の証として。
 未だ教えてくれない点から、まだまだ信頼されていないのだとリーンハルトは実感した。
 シュルヴェステルより軍師に任じられて五年、それ以前は王の従者として仕え……仕えた年数を総計すると十七年。

 まだ絶対の信頼を得られていない事には、少し残念がるをえない。

「で、いつになったらその時期は来るの?」

「……ロゼッタがもう少し大人になったら、な」

 特定の年数ではなく、シュルヴェステルは抽象的に答える。それがあと数ヶ月なのか、数年なのかは分からない。

「ふーん。もう体つきは立派に大人だったけど?」

 痴漢行為……もとい過度なスキンシップをしているリーンハルト。彼はロゼッタの身体を何度も触っている。
 彼曰く、ロゼッタの身体は既に大人だった、とか。

「少し肉は足らないけど、でっぱりもくびれもそこそこあるし、大人でしょ」

 すると、前を歩こうとしていたシュルヴェステルが振り向いた。その顔には珍しく満面の笑みが浮かべられている。

「ハルト……お前の食事は、今日から残飯だ」

「酷い!」

「与えられるだけでも良かった、と思いなさい」

 それだけ言うと、シュルヴェステルは部屋を出ていこうとする。慌ててリーンハルトも追い掛け、その後ろについて歩いていった。
 シュルヴェステルは王らしく、漆黒の髪を揺らしながら、威厳に満ちて歩く。後ろを歩くリーンハルトの事は気にも留めない。
 二人はとある部屋を目指して歩き続けた。既に夕刻に近いが、二人を仕事が待っているのだ。

「セオドール宰相は?」

「叔父上は先に行ったよ。既に準備を整えている筈だ」

 前を見据えながら、リーンハルトの問いに王は答える。既に彼の表情は父親ではなかった。アスぺラル国王シュルヴェステルの表情である。

「……さて、仕事だハルト」

 凛とした表情で、前を見据えながらシュルヴェステルは言う。周りにいた使用人達はそんな彼に頭を下げていた。

「はいはい。朝から議会、夕方からも議会だから忙しいよね。どうぞ……陛下」

 そう言ってリーンハルトが扉を開けた先――厳粛な雰囲気に包まれた玉座の間に、シュルヴェステルは静かに足を踏み入れる。

 その後玉座の間で王が明朗とした言葉で告げたのは、現在のアルセル公国との状況であった。

 そして、戦争が近い事が明確にされたのだった。



6幕end

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