アスペラル | ナノ
2


 そこは荘厳とした、だが寒々とした玉座の間であった。
 玉座に座る男が一人、そしてその男に頭を下げて膝まづく黒髪の男も一人いた。

「……面を上げよ、ローラント」

「はっ」

 ここはアスペラルではない。そう、アルセル公国である。
 玉座に座る男こそがアルセル王。王の前にいる男はアルセル公国騎士団の騎士団長ローラント=ブランデンブルクであった。
 玉座の間には他に国の重鎮が集まっている。そんな中、ローラントは王に謁見していた。

「それで、お前の報告は真か?」

「はい、アスペラルから来たと言う男達はそう申しておりました。ロゼッタ=グレアは……アスペラル王の御子である、と」

 数日前に辺境にあるオルト村に、魔族の疑いがあった少女を捕らえに行った時の事をローラントは報告していた。彼は臣下だ。王に報告する義務があった。
 すると顔に細かい皺が深々と刻まれた初老のアルセル王は、白い顎髭を撫でた。何かを思考している様である。
 そして彼は一言、解せぬ、と呟いた。

「何故、蛮族の王は娘を手元に置かず、我が国に……」

 彼の疑問は最もであった。
 一国の姫を手元に置かず、敵国であるアルセル公国に置いていた真意が掴めなかった。もしロゼッタの身元がバレてしまえば、アスペラルにとって弱味になってしまうにも関わらずに。

「その真意はまだ解りません」

 それはローラントにも同じだ。そうまでしてアルセル公国にロゼッタがいた意味が解らなかった。
 どんなに考えても、結局はアルセル王と同じ結論に達するのだ。

「一応、彼女の戸籍についても調べさせました」

 あれから数日が経っている。その間、ローラントは何も調べていないわけではない。彼女の身辺や戸籍も調べた事の一つだった。

「戸籍を届け出たのはどうやら、育ての親のシスターなのですが……母親の欄に違う者の名前が記載されていました」

 ロゼッタは教会に預けられた孤児である。本来ならば孤児である旨が記され、育ての親が明記される。
 だが、ローラントが驚いた事にロゼッタの戸籍には母親の名前があった。教会のシスターの名前でもない。
 どうやらロゼッタのグレアという姓は、母親のものらしい。

「ほう……それで?」

 アルセル王はローラントの話に、興味深そうに耳を傾けていた。

「その者の名前は……マリア=グレア。戸籍上は元々アルセル公国の人間の様です」

 戸籍上はアルセル公国の人間であったロゼッタの母親。だがそれが真実とは限らないし、また魔族が無断でアルセル公国の戸籍を内密に手に入れる事は不可能ではなかった。
 人間と魔族は見分けがつかない。それで実際、魔族は人間の国に無断で立ち入っている事がある。

「……成る程。まぁ、面白い話が手に入ったものだ」

 クックッと喉仏が浮き出た喉を鳴らして、アルセル王は笑う。

「いかがいたしましょうか?」

 彼女を捕まえることとなると、骨が折れるだろう。既に彼女は国外にいるのだから。

「……皇帝に使者を」

 だが、アルセル王は近くに控えていた側近にそう言い放ったのだった。
 アルセル公国は二十数年前より、隣国リシュアム帝国の属国。ローラントがアルセル王に報告する義務がある様に、アルセル王はリシュアムの皇帝に報告する義務があった。

「名前と外見の特徴と……どうやら、蛮族の国には弱味となりえそうな姫がいる、と伝えよ」

「はっ」

 恭しく側近は畏まると下がっていった。リシュアムの皇帝への書状を届けるべく。
 アルセル王は未だ目の前で膝をついているローラントを見た。

「お前はもう下がれ。アスペラルとの戦いも近い。ご苦労だった」

「はっ」

 面白い情報を掴んだお陰か、ロゼッタを取り逃がした事については咎め無しらしい。ローラントは一礼をすると、玉座の間を後にしたのだった。

「行かせてよろしいのですか?」

 ローラントが退室した後、近くにいた大臣の一人が言った。ローラントは任務を失敗している。それについて大臣は言っているのだ。
 だが、構わん、とアルセル王は声低く呟いた。

「奴もアスペラルの戦いでは必要な男。放っておけ。どうせ奴にはここ以外寄り場はないしな」

「はぁ……」

 大臣は分からないという表情を浮かべるが、アルセル王は頬杖をつきながら笑うだけであった。

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