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「……そう思うんだったら、陛下に直接言えよ。あの女に王が勤まるとは思えない、と」
未だロゼッタの王位継承に反対しているリカードは、安堵した様に呟いた。どうやらリーンハルトも同じ意見だと知り、安心した様である。
だがリーンハルトはでもね、と言葉を続けた。
「王は器だよ。そりゃ知識や判断力も必要だけど……王となる人物は、その器で自然と人が集まる。特に賢王は。シルヴィーが良い見本だね」
特別賢いわけでも、特別強いわけでもない現アスペラル国王。しかし、誰もが彼を王と讃えている。
勿論、リカードもリーンハルトもだ。
「あの女にその器があるとでも思うのか?」
疑わしげにリカードは呟く。リーンハルトはああ言っていたが、彼はロゼッタにその器があるとは思えないらしい。
「さあ、俺は分からないな。あくまで可能性の話だし。でも……案外分からないもんだよ?」
クスクスと笑ってリーンハルトはどうだろうね、と再度呟く。先の見えない未来に、不安よりもまず愉快に感じているのだろう。
更に、彼は個人的にはね、と言葉を続けた。またまともな正論が飛ぶのかと思ったリカードは、彼にまた注目した。
「俺、個人的には……ロゼッタお嬢さんに王位を継いで欲しいな」
「何故……?」
先程から何を考えているのか分からないリーンハルトだが、リカードにはこの発言が一番分からなかった。彼はどんな意図があって言っているのか、リカードには予測不能である。
「ほら、あれじゃん」
「?」
「女王陛下って響き、良くない?」
「は!?」
素っ頓狂な言葉を発し、驚きをストレートに表したのはリカードであった。
シリルとノアは既にここで、ろくな話ではないと予感していた。そう思いつつ、止める様な事はしないのだった。
「命令されるなら、王様より女王様じゃない? いいね、女王陛下なロゼッタお嬢さん……踏まれたい。そして詰(なじ)られたい」
「黙れ変態」
聞かなければよかった、とリカードはすぐに後悔した。さっきまで真面目に話をしていたので、今の瞬間一気に場の空気が緩くなった。
クックッと愉快そうにリーンハルトは喉を鳴らす。
「ま、リカードは変に固く考え過ぎ。俺みたいにもう少し肩の力抜いた方が良いよ」
「……お前は肩の力を抜き過ぎて、ふにゃふにゃだろうが」
ふにゃふにゃね、と呟いてリーンハルトは緊張感無く笑った。どうやら何故かリカードの表現が彼には面白かったらしい。
腹を抱えるリーンハルトは無視し、リカードは今度はノアを見た。リーンハルトの相手はもう嫌になったのだろう。また、ノアの意見も聞きたかったに違いない。
「……ノアはどう思う? お前は王位継承をどう思っているんだ?」
「僕?」
まさか自分の意見を聞かれるとは思っていなかったのだろう。ノアは僅かに戸惑った様な表情も見せた。
「……僕は別に、誰でも良いよ。騎士長や弟みたいに、陛下に対して忠誠心に厚いわけでもないし」
アスペラル王に仕えているにも関わらず、彼は淡々と答えた。それはあくまで彼の本心であり、また王に仕えながらも忠誠心を持っていないという暴露であった。
「ノア、お前……」
彼の言葉に、リカードが眉間に皺を寄せた。
「勿論、陛下には感謝してるよ。元は奴隷だった僕を、弟共々拾って下さったんだから。でも王が代わったって、ただ飼い主が代わるだけだよ。興味がない」
冷めた口調でノアは言う。悲しいわけでも怒っているわけでもない。ただ彼は本心から周りの事など、どうでも良いと感じていた。
それはきっと彼の特殊な生い立ちが、彼の心を荒ませているのだろう。何も感じる事なく、流される事もなく、彼はそこに存在していた。
「……だが、ノア。それでもお前は宮廷魔術師だ。職務は忘れるなよ」
「はいはい」
眉間に皺を寄せつつも、リカードはそれ以上強く責める事はなかった。辛うじてノアは返事をしているが、きっと半分も心に留めていないだろう。
「……大分、夜も更けてきましたね。明日も早い。そろそろ終わりにしませんか?」
「そうだな……」
時間も大分経つ。月が高い位置にまで昇っている。
シリルの発言に各々立ち上がった。リーンハルト、リカードの両名は明日も本城で仕事である。
互いに軽く言葉を交わし、それぞれ部屋に向かっていった。
刻一刻と迫った争いの時を思い浮べ、緊迫感を募らせながら。
そして広間には誰もいなくなった。
窓辺に、蝶にも似たシルエットがひらひらと舞い、月夜のどこかへと飛んでいったのだった。
5幕end
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