―――パタリ

音を立てて本が閉じた。
少しだけ埃っぽいこの部屋で、塵が風によって宙に舞う。


……それに、少しはこの部屋を掃除しなくちゃいけないなぁ、
なんて積み上げられた本、壁一面に並べられた本棚に埋め尽くされた本を見てそう思った。


静かに木の椅子から立ち上がり、その一部の積み上げられたうちの一冊の本を手に取る。
軽く埃を手で払い、愛おしい手つきでそっとなでる。

パラパラとページをめくり、最後あたりまでいくとその本の発行された日付が記されている。



……遥か遠い昔の日付。

彼は、ハードカバーにこだわっていた、ただでさえ本というものが手に入らない時代。
ほとんどものは電子化され、それも害のないようにくくりに入れられたものだけ。

……そして、初版にもこだわっていたっけ。
昔の時代でも初版を手に入れるのは難しいと彼は言っていた。
そっと手に持っている本をもう一度見てみる、初版発行と今や少しかすれた黒文字で書いてあった。




これも、もちろん彼が集めた本。
大事にしまってあるほんの一部にすぎない。

そう思うと、私はこの本たちに手出しができなくなる。
この部屋も、彼がいたあの日からほとんど変わるぬことなく、今も進んでいる。



……この部屋も片付けたり、掃除したりなんてしたら、
彼のいた温もりが、足跡が、証がいよいよ消えてしまいそうで、
私は、何もできないの。



……やりたくない、って言った方が正しいのかもしれないね、

……だから、最初思っていたようなことは結局できず仕舞い。
何回、掃除しないと、そんな風に思ったことだろうか。


壊してしまわぬよう、元あった場所へとこの本を静かに優しく戻す。
この部屋にある窓から差し込む赤い太陽によって照らし出されたそれは、
何処か優しく、温かかった。




……この部屋の一角、本に染まるこの部屋で異彩を放つ存在がいた。

……それは、本当は私なのかもしれなかった。
元は、ううん今もここは彼の部屋であり、本来私のものでもなんでもないのだから。

彼の帰りを待つ私にとってはそれはあたりまえのことなのだから。


そう自分に言い聞かせてから、そっと触れる。
……と言ってもガラス張りにされたその花に直接触れることはできないのだけど。



……赤い夕陽に照らされた白い花。
特殊な空間にいれられた花は、こんなところでは見ることができない雪のような花。

それは彼がいなくなってしまう前日、いつだっけ、雨の日だっけ、晴れの日だっけ、雪の日だっけ、
思い出すのが困難になってしまうほど、遠い、遠い日になってしまった。




……そんな日に彼がくれたもの。
どうやってこの花を手に入れたのかも、生かせれているのかもわからない。
でも、そんな不可能に近いこともやってみせるっていうのは、彼らしいな、って驚きよりもうれしさで笑みがこぼれた。


……これでもね、貴方に言われた名前を頼りにこの花のこと、調べてみたんだよ。
誰に言うわけでもないけど、未だ咲き誇る花に向かってつぶやくようにして語りかけた。

「大切な思い出」っていう花言葉、っていうのをもっているんだって。
その花々に込められた言葉、それがこの花の場合はそれだったっていうわけだね。
……本当は、あなたの口からききたかったのだけど、でも、そんな風にあなたが思ってくれていたのなら、
思ってくれているのなら、十分かな、って―――……




一生終わることのないそれは、愛おしく、そして悲しくなってしまうような儚さをもっていた。


ねえ、聖護さん
貴方は今、どこにいるのですか――――……

……願わくば、叶うのならば、もう一度、
貴方に、会いたいのです――――



一縷の希望に、幻想を、夢を見る。


そうすることしかできない、私を許してください

崩れるようにして、それにもたれかかる。
頬を伝う何かには気づかないふりをした。


透明なガラス一枚隔てた中、赤く照らし出されゆらゆらと揺れていた、その花の名前は―――――……

エーデルワイス
私と聖護さんを繋ぐ、最後のもの――――……



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