神崎壱波。18歳、高3。新生BAD LUCKのドラム担当で、ボーカルの愁一とギターのヒロの母校である藤北高の、現生徒会長である。

秘密ではあるが、数多の女性のハートを鷲掴みしている、あの由貴瑛理と親族関係という間柄で、容姿まで似ているためその姿は誰もが目を奪われるほど整っており、地毛ではないが、普通の者が染めたら大抵似合わないであろう青色の髪を、見事なまでに魅せていた。

しかも容姿だけでなく、運動神経も抜群ときた。体育祭などでも、やはり一際輝く存在である。


そんな彼にも、当然、苦手分野はある。
一つは料理。破滅敵な料理感覚で、塩少々さえもお玉一杯ぶち込もうとするし、包丁なんて握らせたらもう、大惨事である。

そして、もう一つは………。







「はい壱波、次はこれね。"おもしろし"の意味は?」

「……面白い?」


スパコーンッ!!


「いいってぇ!!?」

「"趣きがある"ね。はい次」


さっさと答えてね、とテーブルに今しがた人の頭打っ叩いた丸めた雑誌を置き、ペラペラと単語帳を開く椎名をじとりと恨めし気に見る。しかし、相手は君がいけないんだよと言わんばかりに全く気にした素振りを見せず、


「…僕はちゃんと、今日までに暗記してくるように言ったでしょ?何で覚えてないの」

「し、……仕事が」

「忙しいのは君だけじゃないよ。…まったく、学校のリーダーである生徒会長が、学年最下位なんて示しが付かないにも程があるよ」


書記2人だって、ちゃんとと学年20位内には入ってるというのに。ため息を溢す副会長である椎名は、バッチリ学年1位をキープし続けている。

そう、壱波の苦手分野は勉強だ。しかも苦手科目があるわけではない、全部が苦手だ。つまり馬鹿。
未だに古文どころか現代文も危うく、話せないことはない英語も試験だとちんぷんかんぷんになる。数学?論外。社会?歴史とか知って何の為になるんだコンチクショーと、ちゃぶ台ならぬテーブルをひっくり返したくて仕方がない、それが今の壱波の心打ちだった。


で、何故に今になって猛勉強なんかしているのか。理由は至極簡単、文化祭後の大イベント、期末試験の時期になったからだ。

壱波の進路は、一応進学となっている。流石にドラムだけで食べて行く自信はないので、せめて大卒だけでも!と、そう考えてはいるのだが……。


「し、椎名…、そろそろ……」

「ん?ああもう仕事の時間か。じゃあ、ほら壱波」

「?、何コレ」


ずし、と手渡されたのは、恐らく一冊20ページはあろう問題集五冊。これをやってこいと言うわけか、土日を挟んで月曜までに。
なかなかの重みだ………って!?


「椎名!お前これっ、高3用じゃねぇか「当たり前でしょ、君何年だと思ってるの?」

「あ………」


本当に当たり前なことを言われて、最早そうでした、なんて言葉も出てきはしなかった。

ぺらり、と英語のを1ページめくってみる。耳慣れはしてる、喋れもする。だがしかし、暗号だ。









「……あの、壱波さん。大変言いにくいんですけど」

「何だ藤崎。……expect予期するadmit認める…」

「……本番中にそれは、流石にマズいんじゃないかと」


良いんだよ別に。どうせ今はカメラに映らない端っこに座ってるんだし。

そう、藤崎の指摘通り、今は某有名音楽番組の生放送中。目の前には観客もいて、自分以外にも真っすぐに伸びる椅子に他のゲストもいるというのに、壱波は端っこでしっかりと単語帳を開いてぶつくさ繰り返していた。勿論ばっちり他の人からは見られている、が、カメラには映らないのだから気にすることはない。

だが、


『神崎さーん、さっきから何読んでるんですか?』


何か起きた。何でかマイク越しに声を掛けられて、顔を上げれば周囲の視線が、更に言うなら目の前のテレビには屈んで単語帳を開く自分の姿がばっちり映っていて。

え?と目を見開いた後には、藤崎の絶望しかかった「あぁ……」というため息のような声が聞こえた。







「……やー、俺。生放送中にマジで勉強してる奴初めて見たわ」

「素直に笑ったらどうですかね、ヒロシさんよ」


楽屋にて。ずーんと、何とも言えない失態に肩を落とす壱波に向かって、ヒロは笑いをすっ飛ばして感心した声をあげた。

あの後、羞恥心たっぷりのまま演奏に担ぎ出され、囲むファン達に大層笑われて且つ可愛いと連呼されたのは言うまでもない。今まで愁一の影にこっそりと隠れていたのに、ここにきてあんなはじけキャラ要員としてお茶の間の皆さんに見られてしまった。死にたい。


「しかし、テストねぇ。俺達もやったなそんなもん」

「俺一回、フランシスコ・ザビエルが全然出て来なくて、何回も前の晩に味噌汁に入ってたカリフラワーのこと考えてたな!最後にはフランシスコ・カリフラワーとか」


何だそれ!と爆笑するヒロに愁一がむっと頬を膨らませ、藤崎までもがそれはないですねと呆れていた。
しかし、フランシスコ・ザビエルねぇ……、


「誰それ」

「「「は?」」」

「フランシスコ…?確かアメリカに」

「それサンフランシスコだろ!てかちょっと待て壱波、ザビエルだぞ?あの頭の天辺禿げたあの外人だぞ!?」


外人?天辺禿げ?むむむ……と想像してみる、むしろ憶えがあるか探してみる、が。


「…知らない。え?有名な人か?」

「「「はああああっ!!?」」」




「壱波!1+1は!?」

「馬鹿にしてんのか、2だろ」

「じゃ、じゃあ、(2+3)(3+2)は?」

「……え?」

「なら"昨日"を英語で!?」

「"yesterday"」

「じゃあ"難しい"を英語で言うと!?」

「むっ……」

「かっ、鎌倉幕府を作ったのは……?」

「……1192さん?」



「「「馬鹿がいる───ッ!!!」」」






ガチャッ


「待たせたな4人衆よ、迎えの車が……ってwhat's?何しているんだお主ら」


ガリガリガリ

一度事務所に戻ることになっているため、帰りの車の手配をしていたKが楽屋のドアを開けば、何とも耳慣れない音が部屋に響いていて目を見開く。見れば、なんとBAD LUCKメンバー全員が、揃ってテーブルにかじりついていて。


「生放送中だけでなく楽屋でも勉強か。いつからそんな勤勉になったのだ?」

「あっ、ほら壱波。生粋のアメリカ人いるんだから教われよ!」

「え!?勘弁しろよコイツ間違えたら一発ぶち込んできそうじゃん!」


絶対やだ!!と失礼極まりないほどな態度でKを見る壱波に、それ位やらなきゃ駄目ですよ!!と藤崎の絶叫が飛ぶ。4人が座るテーブルの上には、様々な科目の問題集が散乱していた。


「…これは、中3の問題集からやり直した方が良いかもな」

「よく高校に入れましたね……」

「うちの学校ってそんなにレベル低かったのか……」


……愁一以下だな。ヒロの大層思い詰めた顔をしながらの言葉に、全員その場で崩れ落ちた。






ちなみに、次のテストもバッチリ下から数えて学年首位になった壱波でした。

2011/01/11 19:58


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