「ありませんよ」


すぱっと冷たく言い放った壱波のセリフに、竜一は固まった。けれど、すぐにわなわなと瞳を震わせると、


「何でだ!?何で俺にチョコくれないんだ!?」

「いや、何で男の俺がバレンタインにチョコ用意するんですか」


それは女の子のイベントでしょう、と学生服を着たままの壱波の言い分は確かに正論だが、竜一はそれを楽しみに今日1日頑張ったため、納得出来るハズがない(せっかくくまごろうと遊ぶ時間も4時間で我慢したのに!)

けれど壱波とて、今日はバレンタインだということで、学校でとびっきりの笑顔付きでチョコの無料配布をやらされていたため、正直もううんざりなのが本音だった。学校でも女子生徒だけでなく男子生徒からチョコを貰い、愁一からのメールでは事務所にも大量のチョコが届いたらしい。

自分を好いてくれるのも嬉しいし、甘いものも確かに好きだ。だが限度というのもあるだろう。思い出してまた疲れたため息を溢した。


「…それに、佐久間さんだって沢山チョコ貰ったんでしょう?だったら別に俺が渡す必要も……」

「違うのだ!俺は壱波から欲しいのだ!」

「っ、え!?」


終いにはぼろぼろと大粒の涙を流す竜一には、流石の壱波も固まった。忘れていたがここはN-G本社のロビーなのだ、過ぎ行く関係者達は何だ何だと振り返りながら歩いていた。

あわあわと一通りどうしようかと腕を遊ばせてから、遂に観念したのか、壱波ががくっと肩を落とすと、


「…わかりましたよ。佐久間さん、手ぇ出して下さい」

「うっうっ……こうか?」


素直に手を差し出す竜一に、壱波は胸元に手を突っ込むと、


「……本当は、後でこっそり渡すつもりだったのに」


そう呟きながら、可愛くラッピングされた箱を、ぽんとその手に乗せた。
きょとんとした顔付きの竜一をそのままに、壱波はさっさと歩きだす。過ぎ去る壱波を横目に、竜一はしっかりと見た。顔はそのままだが、耳だけは見事真っ赤なことに。


大勢の前でなんて、見栄はってしまうのは当たり前だ。

2012/02/23 16:41


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