※注:暗い。






中学時代、大好きな彼氏を――逢沢傑を事故で失った。
彼と過ごすはずだった場所で高校生活を送る気にはとてもなれず、中高一貫校にも関わらず外部受験をした。
決してこの胸の痛みは消えなかったけど、私なりに前へ進もうとはしていたと思う。
なのに、まさか傑の弟である駆が同じ高校に入るなんて誰が予想したことだろう。
しかもあの事故で脳死に陥った傑の心臓を移植されているのだ。
再会により心は乱され、それを誤魔化しつつ駆に接していたけれど、いつしか私は彼が欲しいと思ってしまった。
大好きだった傑の心臓を持った男の子が堪らなく欲しくなった。
だけどそれと同時に、我ながらゾッとした。
自己嫌悪のあまり体調を崩し、そこからずるずると二週間学校を休んでいる。
『駆と同じ学校になったの』その一言を告げると、両親は何も言わなかった。



ピンポーンと私の気持ちなど知りもせずインターホンが軽やかな音を響かせたのが微かに部屋まで届いた。
郵便か、近所の人か、もしくはたまにプリントを持ってやってくる同級生か。
興味はすぐに失われ、アルバムに意識を戻した。
笑顔、笑顔、笑顔――
写真の中の私と傑は全部笑っていた。

「傑……」

名を呼ぶと、余計に恋しくなった。
顔が見たい、話しがしたい、触れていたい、鼓動を感じていたい。
やめようと思えば思うほど、欲求は増していく。
このままでは壊れてしまう。……ううん、もしかしたらもう壊れているのかもしれない。

「どうだろう。ねぇ、傑……」

写真に向かって問うけれど、勿論答えは返ってこない。
けれど、

「……せ、先輩…!」

どういう、ことだろうか。
思わずドアへと視線を向ける。
嘘だ。こんなところで聞くはずがない。

「…先輩。逢沢駆です。開けても、いいですか…?」

「駄目!」

駆の手がドアノブにかかった音を感じた瞬間、叫んでいた。
この部屋に入れてはいけない。入れたらもう、戻れない。
部屋の鍵を閉めてしまおうと立ち上がる。
けれど、一歩を踏み出そうとした足は床にあった写真によって滑り、体は真後ろへと倒れていった。
幸運にも元々ベッドに寄りかかって座っていたこともあり、そこに倒れこむ――が、床に積んであった写真入れを蹴りあげてしまい、ガタガタと予想外に音を立てて崩れ落ちていった。

「大丈夫ですか!?」

ドアが、開いた。
きっと優しい駆は、何かあったのかと思って踏み込んできたのだろう。
それが自分を追い詰めることになるなど微塵も思わずに。

「え……?」

見開かれた瞳。
当たり前だ。こんな部屋を見たら誰だって引く。
駆は部屋全体を見回した。
床には散乱し、壁には埋め尽くすかのように張り巡らされた写真。傑と過ごした証。私の思い出だ。
部屋全部で作った私の大切なアルバムを目にした駆はふらっと一歩後ずさった。
あぁ、あの体の中で、傑の心臓が脈打っている。
欲しい欲しい欲しい――
押さえきれない感情が、身体中に流れていく。

「……あーぁ、だから言ったのに」

開けちゃ駄目だった。開けられてしまったら、私はもう止まれない。
ゆっくりと駆に近づき、腕を引いた。
空いた手でドアを閉めると、彼をベッドに導き押し倒した。

「せ、先輩…!?」

戸惑いつつも顔を真っ赤にする駆の心臓へ耳を寄せれば、高鳴る鼓動を感じることができて自然と口許は弧を描いた。
駆のワイシャツのボタンを上から順に外していくと、一直線の手術跡が現れる。
これは傑の心臓がそこにあるという証だ。
それがとても愛しくて、無意識に口付けていた。幾度かそれを繰り返し、そして舌を這わせる。

「先輩っ!!」

いくら駆が華奢でも、流石に男女の力の差は一目瞭然だ。ましてや運動部員に私が敵う訳がない。
彼は私の肩を掴んで引き剥がすと同時に体を起こした。

「な、何を…!」

「ねぇ、駆……」

捕まれた手の片方に、己のものを重ねる。
指先で手の甲をなぞると駆の体が揺れた。

「傑を失ってこのどうしようもなくなった気持ちを、二人で分け合いましょう?」

重ねた手を腕へ、肩へ、首筋へ――
指を動かす度に揺れる体にゾクゾクした。

「せ、先輩……」

「力、抜いて……」

安心させるように微笑めば、少しずつ固さがとれていくのがわかった。
改めて駆の体を押せば、それは逆らうことなくシーツに沈みこんだ。
ギシリとスプリングが音をたてるのが、どこか他人事のように思えておかしくなる。
ふと視線を上げると、笑顔の傑と目があった。
視線はそのままに駆の胸元に手を伸ばし、早い鼓動を確かめる。
期待通りの心音に満足し愛しい男に笑い返してから、己の下にいる男に口づけた。





間違いを犯す日







出典:DROOM







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