「それで、セブンに何をあげたらいいか……」

隣を歩く駆は恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに幼馴染みに渡す誕生日プレゼントの相談をしてきた。

「うーん……、自分のために選んでくれたものなら基本的には嬉しいと思うよ?」

そんな彼にテンプレなアドバイスをしながら、ぼんやりと考える。
どうして私は今、『彼』の弟とこんな風に並んで話しているのだろう……。



駆は私の恋人の弟であり、私の恋人の鼓動を持つ人だ。
なんだか変な表現だが、これ以上の言葉では表せそうにない。
私の大切な人は、数年前に事故で脳死に陥った。
そして彼の心臓は駆の中に移植され、彼はこの世を去った。
心臓移植をすると聞いた時、意外にも涙は流れず、心の中は凪いでいたのをよく覚えている。
感情が麻痺したかのように何も感じることはなかった。
だけど駆が目を覚ましたと聞いて顔を見に行ったあの時、爆発した。
その場で崩れ落ちて泣いた。泣いて泣いて泣きわめいた。
駆が困ろうが、彼の家族が辛そうしていようが、騒ぎを聞き付けた人が集まろうが、そんなことどうでも良かった。
相沢傑はもうこの世にはいないのだと心の底から実感した。
そして思ってしまった。何故生きているのが傑ではなく駆なのだろう、と……。

傑の死からしばらくして、私は誰にも告げず江ノ島高校へ外部受験した。
傑と過ごした鎌学には、傑と過ごすはずだった高等部には通える気がしなかったからだ。
受験は何の問題もなく突破でき、空虚な心を抱えつつも一年は何事もなく過ぎ去っていった。
しかし翌年、入学式で駆に再会した。
なんでと言う言葉が浮かぶと共に、私はもう逃げられないことを察した。
相沢駆という人間からも、相沢傑の鼓動からも、私は逃避することが許されなどしなかったのだ。

そこからは、先輩と後輩、兄の彼女と彼氏の弟という昔と同じような関係性を築いてこれていると思う。
どこか違和感を覚えても、こうあらなくてはいけない気がした。



「駆は本当に奈々ちゃんが好きなんだね」

「えぇ!?そんなこと…いや、セブンを嫌いって訳ではないけど、す、好き…とか……そんな、なんて言うか……」

駆の顔は真っ赤に染まっていく。
きっと今、心臓も高鳴っているのだろう。
そう考えたら絶望した。

『お前の傍にいるとサッカーしてるのと同じくらいドキドキするんだよな』

懐かしい声と笑顔が甦る。
この言葉は、どんどん女の子に人気になっていく傑と付き合っていくことに不安を覚えた私に彼がくれたものだ。
この言葉があったから自信を持てた。この言葉があったから傍にいられた。
だからこそ今では私以外の女の子を思って早まる鼓動が憎らしくて仕方がない。
傑が戻らない今、あの鼓動だけでも私の元に返して欲しくて堪らないのに。

「……やっぱり俺分かりやすいですか……って、先輩!?」

私を振り返った駆の足が止まった。
狡い、酷い、最低――そんな自己嫌悪な言葉が脳内に駆け巡る。

「ごめん…」

流れる涙をぬぐうこともせず、私は駆を正面から見つめた。

「少しだけで、いいから…」

一歩一歩距離を縮め、駆の胸元に顔を埋めた。
耳に届いたドキドキと早まっていく鼓動。今この瞬間の心臓の高鳴りは傑のものだ。私の大好きな彼のものだ。そう、思いたい。
駆は何も言わなかった。優しくてお人好しだから。
そしてその優しさに、私はつけこんでいく。

駆を手に入れれば、傑の鼓動も駆の優しさも手に入る。
嫌な女と分かっていても、私は今、それを望んでしまっていた。





彼の鼓動

一途に幼馴染みを想う心など、手に入れられないことくらい本当は分かっている。
だけど、少しでも可能性があるのなら――






テーマ:『切ない』、『片想い』、『片想い相談』、『友達の延長線』
出典:DROOM



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