プロとして正式に活動し始めたあたり。





「買っちゃった!」

午後から練習がオフとのことなので、夕方から享の家に遊びに行った。
お互い新生活で環境も変化し、会うのは久しぶりだ。
部屋に入ると共に丁度先ほど買ってきたばかりのものを取り出し見せびらかす。

「それって…」

「うん、享の番号」

今私の手にあるのは横浜エルマーレスのユニフォームだ。
背中には『ASUKA』の文字と背番号が書かれた、享ただ一人のためのユニフォーム。
なかなか高い買い物だったが、享がプロ入りしたら絶対に買おうと決めていたので後悔はない。

「高かっただろうに……」

「これ買うために頑張って働いたんだもん」

指定校推薦で早めに進学を決めることができたのでアルバイトを始め、そこそこの貯金もすることができた。
大学に入学した今も変わらずそこで働かせてもらっており、職場の人にも環境にも恵まれていると思う。
そしてなにより、自分の稼いだお金で享の出場する試合を見に行けることを考えると、モチベーションが上がるのだ。

「でもありがとう」

享は己のものより一回り小さなユニフォームを嬉しそうに眺めた。

「どういたしまして。私も享の名前の入ったユニフォーム着れるの幸せ」

ずっと楽しみにしていた。この時を待っていた。
サッカーを始めたFC時代、自分に出来ることを選択し努力することで才能をカバーすると決めたジュニア時代、世代別代表や部の中心となって活躍した高校時代、そして漸くプロとしての一歩を踏み出した今この時。
傍で見てきたこれまでを思いだして目頭が熱くなった。

「着てみてもいい?」

「いいよ。オレも見てみたい」

着替えの間部屋を出ていこうとしてくれる享に、上着を脱いでTシャツの上に着るだけだから大丈夫だと告げれば、じっと見つめられた。
それが妙に恥ずかしくなって後悔したが、今更照れるのもおかしい気がして何事もないように装いながらユニフォームに身を包んだ。

「どう、かな?」

くるりと一周回ってみせれば、可愛いよなんて甘い声と表情が返ってくる。

「オレが普段着てるユニフォームを沙紀に着せてるみたいだな」

「……なんかそれ変態っぽい気がする…」

らしくない言葉に反応に少し困ってしまう。でも、そんなこと言う享も嫌じゃないのは所詮惚れた弱みってやつなのか。
とりあえず言い切れるのは、久しぶりだからか、なんだか今日はいつもの空気ではないということだ。

「オレも男だからね」

抱き寄せられてお互いの顔を見つめれば、眉を下げて笑う享だけが視界を埋めた。
この顔をもっと困らせたい。でも、笑わせたい。
相反した気持ちが胸の中を燻る。

「今日、泊まっても、いい?」

上着の裾を軽く握って問いかけると享は驚いた表情を見せたが、それはすぐに見慣れた微笑みに変わった。

「もちろん」

「…たまにはいっぱい甘えてもいい?」

胸元に顔をうずめると、更にぎゅっと抱き寄せられる。

「もちろん」

「……私のこと、好き?」

「もちろんだよ」

その答えで嬉しいのは当然だけれども、今は違う言葉が聞きたいなんて思う私は我儘だろうか。

「そこはちゃんと言って欲しいな。私のことどう思ってるか、二文字以内で答えを聞かせて?」

こんなことを言うのは私らしくないことぐらい分かってる。
でも今は、この普段とは違う雰囲気に酔っていることにしてしまいたい。
享の指が頬をなぞり、そのまま顎を捉えた。そして優しく、だけど拒むことは許さないとでも言うように私に視線を合わせることを促してくる。
それに従うように見上げると、既に鼻先が触れ合うほど近くに享の顔があった。

「それは無理だな」

そんな言葉と共に珍しく強引に唇が重ねられる。

「…愛してるよ」

長いキスが終わり目を開けたその先にあったのは、熱が宿った瞳だった。





君に酔う





出典:DROOM








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