「わぁ…!きれい!」
目の前に広がるブーケに沙紀は釘付けとなった。
小学校帰り、沙紀は飛鳥家に寄っていた。 父は残業、母は最近体調の優れない祖父の元へ行ったため、飛鳥家に一日泊めてもらうことになったのだ。 リビングに入って早々目についたのは、テーブルの上に置かれた豪華なブーケだった。 白を基調として作られたそれは造花とは思えない出来で、小学二年生の沙紀の瞳を輝かせるには十分すぎる程のものだった。
「ただいま、おばさん!これどうしたの!?」
「おかえりなさい、沙紀さん、享さん。これは私の結婚式の時のブーケで、知り合いの方が作ってくれたものなの」
享の母親は、懐かしそうにブーケを撫でた。
「ただいま、お母さん。どうしてそれがここにあるの?」
享が聞くと、母親は愛しそうに――事実愛しいのだが――我が子を見つめた。
「部屋を掃除していたら見つけたのよ。懐かしくてつい眺めてしまって。綺麗に保存できていたから、いつか享さんのお嫁さんになる子に持ってもらえたら嬉しいわ」
「いいなー、きれい!」
沙紀は触りたそうにうずうずとしているが、大切なものを触るのは流石にはばかられたのか、行き場のない手をぱたぱたと揺らした。 そんな様子に母親は穏やかに笑い、ブーケを沙紀に差し出した。
「沙紀さんが享さんのお嫁さんになってくれたら、これは貴女にあげるわ」
「ほんと!?とおるのこと大好きだからわたしぜったいおよめさんになるよ!」
沙紀は本当に嬉しそうに受け取った。 小さな彼女がブーケを持つ姿はまだアンバランスとしか言えないが、それがまた可愛くもある。
「あらあら享さん。告白されたみたいよ?」
母親に楽しそうに話を振られ、享は少し考えた後にブーケを持つ沙紀の手に己のものを重ねた。
「オレも好きだから、もんだいないよ」
「やくそくだからね!」
「わかってるよ」
「ふふ。息子にこんなに早くから素敵なお嫁さんが見つかって安心だわ」
小指と小指を絡めて約束を交わす二人を、母親は温かく見守っていた。
「あれ、これって…」
クローゼットを開けると、沙紀の目の前に透明のケースに入れられたブーケが現れた。 今日はついに飛鳥家に享が寮に置いていたトレーニングマシーンがやってくることが決まり、使われていない部屋を掃除することになったのだ。
「あぁ…、母さんのブーケだな」
後ろから覗きこんだ享は、沙紀の視線の先にあるものを手に取った。 そっとケースを開けて中身を彼女に差し出す。
「うん、似合うな」
「ありがと」
昔と変わらぬ表情でそれを受け取った沙紀だったが、あの時とは違いアンバランスさは既に影を潜めている。 これを持つにはまだほんの少し早いのだけれども、その姿は妙に惹き付けるものがあった。
「沙紀との約束、オレは忘れてないよ」
ブーケを持つ沙紀の小さな手を、享は己のもので包み込んだ。
「私だって忘れてないもん。忘れるわけないよ」
沙紀はそっと目を閉じる。 まもなくして唇に重なる熱は普段以上に優しくて、それはまるで一足早い誓いのキスのようだった。
幼い約束
それから少し時は経ち、幼かった少女は今大切な人と腕を絡め、二人を祝うべく集まった人々の中をゆっくりと進んでいく。 約束のブーケを手に持って、沙紀は伴侶となる男性へと幸せそうに微笑んだ。
出典:DROOM
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