久々に享の家に来た。
彼はジュニアでお世話になった横浜に鷹匠くんと共に入団が決まり、卒業前に寮を引き払って実家に帰ってくることにしたのだ。
誰にも手伝いを頼んでないとのことなので、私が手助けをすることにした。
私も進学がもう決まっており、バイトくらいしか日々やることもなかったので丁度良い。



「あの大量のトレーニングマシーンはどこに行ったの…?」

想像よりも遥かに少ない荷物を見ながら呟いた。
だって寮の部屋なんて必要最低限の家具以外はトレーニングマシーンに埋め尽くされていたのだから。

「あぁ…、あれはまだ預かってもらってるんだ。どうするか父さんと母さんとも話さないといけないからね」

まぁ、四人暮らしには広すぎるこの家なら置く場所くらい優々とあるだろう。
そのうちあの大量のトレーニングマシーンが飛鳥家のどこかの部屋を占領するのかと思うとなんだか面白くなった。

「なるほど。じゃあすぐ終わりそうだね」

「そうだな。沙紀にはそっちにある本を頼んでいいか?」

享は『書籍』と書かれた段ボールを指差す。

「いいけど……いいの?」

「何がだい?」

不思議そうに首をかしげる姿はなんだか可愛らしい。

「いや…、見られたくないものの一つや二つはあるんじゃないかなぁと……」

いくらサッカー馬鹿と言えど男子高校生だし、彼女に見られたくないものを持っていてもおかしくはない。決して良い気はしないけれど、それくらいは許容範囲内だ。
享は漸く理解したようで、困ったようにため息をついた。

「そういうの一つもないから安心して」

「ないの!?」

「そこ驚くところなのか…?」

呆れ顔の享にごめんと謝る。

「そういう欲求薄いなとは思ってたけどさ…」

「まぁ、周りよりはないと自覚してるけど、流石に全くない訳ではないよ」

それに…と呟いたかと思うと、享は突然私の腕を引いた。鍛えられた胸元に引き寄せられ、彼は私の耳元に唇を寄せた。

「それは沙紀が一番よく知ってるだろう?」

囁かれた言葉は昼間に聞くには似つかわしくないほど扇情的だった。

「享…それは狡いよ……」

脳裏によみがえるのは、あまり多くはないけれど二人で過ごした夜のこと。
私しか知らない享の顔、声、仕草――
隠しようができないほど顔に熱が上がってきたのを感じた。狡い、狡い、狡い。こんなの勝てる訳がない。

「沙紀という彼女がいるのに、持ってると勘違いなんかしてくれたお仕置きかな」

「う…、ごめんなさい……」

素直に謝り段ボールを開く。中身は勉強の本、サッカーの専門書や雑誌、小説で埋め尽くされており、健全極まりない。とても享らしい。
本の大きさや種類を考慮しながら私の背丈以上ある本棚に積めていく。版の大きいものから下に入れていけば、残りは文庫だけだ。
しかし、私の背を越えた棚の一番上は少し大変だ。
ちらりと振り返り享を見るが、彼は衣類をしまっているところだった。
いつのまにか段ボールは殆ど姿を消しており、手際がいいなぁと感心してしまう。
てきぱきと動く享を邪魔するわけにはいかないので、出来る限り自分でやることにした。
作者ごとに分類してからとりあえず二冊掴み背伸びをする。なんとか棚に本が乗り、あとは押し込むだけだ。
指先に力を込めようとした瞬間、背後から延びた手が一足先にそっと押し込んだ。

「享…」

「危ないから呼びなよ。今さら気を使うような間柄じゃないだろ?」

「ごめん…。ありがと」

なんでも頑張ろうとするのは沙紀のいいところでもあるんだけどね、と享は笑い残りの文庫も積めていく。あっという間に本棚の一番上の段には本がきれいに並んでいた。

「これでだいたい終わりだし、少し休憩しようか。母さんが飲み物とケーキを用意したと言ってたから持ってくるよ」

私に背を向け部屋を出ていこうとする享の服を思わず掴んだ。
驚いたように振り向く彼だけど、私も自分の行動にびっくりしている。
反射的に動いていたため、上手い言い訳が思いつかない。

「えっと…、ごめん、なんでもない……」

慌てて服を離すけれど、享は動こうとはぜずこちらを見つめていた。

「最近、また構ってやれてなくてごめんな」

優しい掌が私の髪を撫でる。
簡単に考えが読まれてしまうのが悔しくて恥ずかしくて、だけど嬉しい。

「ほら、おいで」

両手を広げてくれる享に誘われて、私はぎゅっと彼の体に抱きついた。





引っ越しデート










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