休日の今日、珍しく葉蔭サッカー部はオフの日らしい。 しかし高校選手権大会も控えているため、享はトレーニングをすると言っていた。 用があるからちょっと寮に行ってもいい?と今朝がたメールすると、午前中は部屋にいるとのこと。 たまには一日中構って欲しいなと思うけれど、これが私が好きになった人なのだから仕方ない。
「こんにちは、飛鳥享の荷物を預かってきました」
いつもにこやかな寮官のおばちゃんに告げる。 享が寮に入ってから何度かしているやり取りなので、あっさりと中に通された。 慣れ親しんだ廊下を歩き、305と書かれたドアの前に立つ。 ノックを二回。返事も待たずにドアノブをひねる。
「享、おばさんから荷物預かってきたー」
「…あぁ、沙紀。ありがとう。……母さんもそんなに気を使わなくていいと言っているんだけどな……」
部屋の中で享はいつも通りトレーニングマシーンを使用していた。 所狭しと置かれているそれらの合間を抜けて彼に荷物を手渡す。
「きっとそろそろ新しいのが必要だろうからって」
享が荷物を取り出すと、中からスポーツウェアがでてきた。 享のお母さんは時々私に荷物を渡してほしいと頼んでくる。私と享がお付き合いをしているのを知っていて気を使ってくれているのもあるだろうし、きっと未だにサッカーを続けるのに反対の姿勢でいる享のお父さんへの配慮なのだと思う。
「後で電話するが、沙紀からもお礼を言っておいてくれないか」
気を使わなくてもいいのになどと言いながらも、享の表情は嬉しそうだった。
「了解。……それじゃ、邪魔しちゃ悪いから私は帰るね」
「用ってこれだけだったのかい?」
じっと見つめられる。多分見透かされてるのだから、本音をこぼすことにする。これくらいの甘えは許して欲しいものだ。
「預かりものは建前。本当は享に少しでも会いたかっただけ。邪魔したのならごめんね」
「あぁ、知ってた。邪魔だと思ってたらオレは最初から来ること了承しないよ」
享の顔が、優しい笑みに変わる。 荷物を渡すだけのことなら、わざわざ休日に訪ねなくても学校で事済むことだ。 でもそれをしなかったのは、私の我儘でしかない。 それでも受け止めてくれちゃうから、この人は私を付け上がらせるのだ。
「駅まで送るよ」
「いいよ。まだトレーニングするでしょ」
「送った帰りはそのまま走りに行くから問題ない。それに、基本的にいつも送ってるだろ」
そうだ。荷物を持ってきて享に送ってもらわなかった時など、片手で数えられるくらいしかない。
「うん…。お言葉に甘えてお願いする」
本当は享がそう言ってくれるのを分かっていた。期待していた。 邪魔したくないと言いつつもこんなことを考えてる自分は狡い女だなと思う。
「ほら、行くぞ」
差し出された手にそっと指を絡ませた。
駅までの道は長いとは言えない。 もっと一緒にいたい、でも邪魔はしたくない。応援したい、だけど時々すごく寂しくなる。矛盾した感情が胸のなかで渦巻く。
「沙紀」
「ん?」
「我慢ばかりさせてごめんな」
この人はなんでこんなに優しいのだろう。 繋がっていないほうの手が、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
「オレが沙紀と付き合っていられるのは、サッカーに集中してるオレに沙紀が愛想つかさずにいてくれるからなんだよな」
「だって、昔からサッカーしてる享が好きなんだもん」
中学受験の勉強が厳しかったあの頃、上手いなんて到底言えなかった時代から、サッカーをしてる時の享は一番輝いていた。 それを誰よりも近くで見てきたのは私なのだ。
「ありがとう」
「その代わり、選手権終わったら一日デートだからね」
「あぁ」
「でも最後まで勝ち残ってよね」
「勿論、諦めるつもりはないよ」
撫でられていた手が頭から頬へと降りてきた。 そしてそのまま反対の頬に彼の唇が触れる。
「約束する」
久しぶりのキスだった。 幼馴染みなためか、手を繋ぐことも抱き締めることも自然に行えるし、慣れたと言ってもいい。 ただ、キスのように恋人らしいものにたいしては、なんだかこそばゆい感じかした。
「……享、ここ外」
「人いなかったから、大丈夫だよ」
普段あまり見ることのない、いたずらっ子のような笑顔。 この顔を見れるのは私だけだと思うと許したくなる。 ピッチの上でも、私に対してでも、自分の影響力がどれ程のものか分かっていてやっているのだから、本当に狡い人だ。 この人が狡くあるのなら、私も狡い女であり続けたい。
「ねぇ、享。……こっちには、してくれないの…?」
享のトレーニングウェアの胸元を握り、私は少し背伸びをして目を閉じた。
狡い
手つきとは裏腹に口づけは私を求めるように荒いから、やはり彼は狡い人。
出典:DROOM 使用テーマ:『昼』『道』『ちゅー』
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