空を見上げれば月には薄っすらと雲がかかっていた。
視線を空から携帯に写し、サブディスプレイで時間を確認する。
あと、三分。
たかがカップラーメンを作る程度の時間なのに、なんだかとても長く感じる。
雲の隙間からわずかに漏れる月明かりを眺めながらその瞬間を待った。
そして、ブーブーっと手の内で携帯が震えた。
サブディスプレイには『飛鳥享』の三文字。大事な彼氏兼幼馴染みの名前だ。

私と享は同じ高校に通っているものの、享は寮生、私は実家、更には享の一日は授業以外では殆どサッカー漬けで、私が入り込む時間なんてほんの少ししかない。
だけど享は忙しい中でも必ず週末と試合前後の決まった時間に電話をくれる。
そして今日は、試合が行われた日だった。

私は携帯を開き通話ボタンを押す。

『もしもし、沙紀?』

機械越しに響く落ち着いた声。思っていたよりも、いつも通りだ。

「もしもし、享。お疲れさま」

『ありがとう。……負けたよ、沙紀』

彼は、葉蔭学院サッカー部は、今日の試合で敗北した。享にとってはこれが葉蔭学院サッカー部としてプレイする最後の試合になってしまった。
葉陰を倒したのは以前にも試合をした江ノ島高校だ。前回はPKで葉陰が勝ち、今回はPKで負けた。
それだけ緊迫した、良い試合だったのは確かである。

「…うん。でも、あのピッチの上で、享が誰よりも素敵だった」

その言葉に嘘はない。
彼女の欲目と言われたら否定はできないかもしれないが、今日ピッチを駆けていた享はとても魅力的だった。惚れ直したと言ってもいい。

『沙紀がそう言ってくれると救われる気がするな』

「それならよかった」

『あぁ。それに、横浜に戻ろうと思ってる』

強い意思を持った声。
彼はジュニアでお世話になった古巣へと戻る決意をしたのだ。
流石世代別代表に何度も招集されている人物だ。
享はもう、先を見ている。

「プロとして戦う享を見れるの楽しみにしとく」

『その言葉も嬉しいけど、会えなくて寂しいくらいは言って欲しかったな』

少し拗ねたような声音。家族にすら大人びた対応をする享が、私にだけ聞かせてくれる声だ。

『寂しいって言っても会えないのわかってるし、そもそも普段からサッカーばっかりで私との時間なんてそんなにないじゃない」

『その通りだな。悪い』

「でも、そんな享を好きになったのは私だからいいの」

『嬉しいね。オレも沙紀が好きだよ』

言い終えて一拍置いてから、二人して笑いだす。
このやり取りはもう何度したかわからないが、毎回ここまでがデフォである。
要は今までのやり取りは茶番でしかないのだ。

『まあ、それまで多少は時間も空けられるはずだから、今までの分は埋め合わせするよ』

「うん、楽しみにしてるね」

どこに行こうか、いつ行こうか、久しぶりのデートの約束に花を咲かせる。


「……ねぇ、享。慰めに行ってあげようか?」

さてそろそろ電話を切ろうかという時、私はふいにそう言った。

『突然どうしたんだい?こんな時間な上に、一応まだ校内で慰労会が行われているのだが……』

そんなことわかってる。
だってさっきから喋り声(特に鬼丸くんらしき声)が度々後ろから響いてきているのだから。きっと享は体育館の近くから私に電話をかけてくれているのだろう。

「うん、気にしない。だって私が今享に会いたいんだもん」

『何を言って……え……?』

「こんばんは、享」

驚きに固まる享へと、ひらひらと手を降る。
実は享が電話をくれる少し前から校内に潜り込んでいた。ついでに言ってしまうと私をここに呼んでくれたのは鬼丸くんだったりする。どんなに享が前を向いていても、きっと彼は責任を感じている。そんな享を癒せるのは、私しかいないから、と。
享が素敵な仲間を持ったことに嬉しく思う。
そして私は、電話をしながら享の居場所を予想してここまでやってきた。

「沙紀、何してるんだ!?」

電話を切って彼が近付いてくる。
うん、いい反応。

「慰めに来たの」

近寄ってきた享の体をぎゅっと抱き締める。
びくりと一瞬だけ強張ったが、すぐに強い腕が抱き締め返してきた。

「本当、沙紀には敵わないな……」

耳元で響いた享の声。
やっぱり電話で聞くより直接聞くに限るなぁなんて考える。

「享が弱いとこ見せるのも、誰かに甘えるのも私にしかできないのを知ってるからね」

そして実はそれは、葉陰学院サッカー部全員が知ってるんだよ、という言葉は言わないでおくことにする。
享の背を優しく叩くと、ふっと彼の力が抜けた。

「……甘やかしてくれないか、沙紀」

「いいよ。享が満足するまで思う存分甘やかしてあげる」

頭を撫でてあげれば、張り積めていた気が緩んだのだろう、深く息が吐き出される。

「お疲れさま、享……」

「あぁ……、終わったよ……」

やっとそれを実感したかのように、しみじみとした声が真っ暗な夜空に響く。
私の腕のなかで、享の高校サッカー生活は終わりを迎えたのだ――





一つの終わり

だけど私は確信している。彼のサッカー人生はこれからも続いていくものなのだと。













出典:DROOM
使用テーマ:『学校』『天気』『電話』








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