「お前って奴は…いい加減自覚を持て!」
「は、はい……」
目の前で正座する男は我がサッカー部のエース、荒木竜一だ。 上半身裸になっているやつの姿はサッカープレイヤーらしい体とは程遠く、腹についた余分な肉がベルトの上に微かに乗っていた。 こうなるまで気付かなかった俺にも非はあるが、よくもまたここまで育てたものだ。 知らせてくれた彼女には感謝しかない。
きっかけは、つい数十分前。 岩城監督と今後の活動方針について話ながら部室へ歩いている時だった。
「織田先輩!岩城先生!」
「神崎」
「神崎さん、どうかしましたか?」
声をかけてきたのは、荒木を通して知り合った後輩の神崎だった。 荒木と知り合った経緯はどうやら漫才関係らしく、付き合わされている彼女には少し申し訳なさを感じつつも、なんだかんだであいつの世話をしてくれるありがたい後輩だ。 そんな彼女が俺らに声をかけるということは、荒木が何かしらの問題を起こしたのかもしれない。
「荒木がどうかしたか?」
「あ、はい…。あの、荒木先輩、また太ってまして……」
「なっ…!?」
「おやおや……」
これで何度目だろうか。 荒木は元々才能あるプレイヤーだったが、訳あって一時期サッカーを辞めていた。 再びピッチに戻ることを決め、サッカーから離れていた間に太りに太った体をダイエットにより絶頂期に近づけてはいるのだが、幾度もリバウンドを繰り返している。
「よく気付いたな」
太ると言っても一番酷かった頃のようではない。見ただけで分かるものもあれば、簡単には分からないが触れて漸く分かるような面倒な太り方をしてくれたりもする。 もしかして神崎は荒木に触れたのだろうかと思ったが、この後輩と荒木が触れ合うようなところは想像できなかった。 というか、服越しとはいえ一応仮にも異性の先輩の体に触れるなど、普通の女子ならやらないだろう。
「なんだか少し違った気がしたので摘まんでやりました」
……俺が思っている以上に神崎は強かだったらしい。 しかし、違った気がしたから触れたということは、見て気付いたということだ。
「神崎さんは本当によく荒木くんを見ているんですね」
今まで話を聞いていただけの岩城監督がにこりと微笑んだ。
「僕や織田くんが毎日会っていても気付かないような変化を、貴女は簡単に気付くんですね」
「たまたまです」
「ご謙遜を。荒木くんも君を気に入っているようですし、今後も彼をお願いしますね」
なんだか含みがあるような表情と言い方だったが、それが何なのかまでは想像がつかない。 首をひねっていると、岩城監督は一度こちらを振り向き、織田君はこういうことに鈍そうですもんねぇと笑った。一体どういうことだろうか。
「あんな変態、嫌です…」
ぼそりと神崎は呟いた。 その一言に、考えていたことなど一瞬で吹き飛んだ。
「荒木に何かされたのか…!?」
「さ、されてないです…!」
どう見ても動揺していた。顔にはうっすらと赤みが帯びてきている。 神崎と知り合って長いわけではないが、普段冷静な彼女がこんなにも取り乱したところは見たことがなかった。 あの野郎、後輩に何してやがった。 もう一つ、あいつを問い詰めなくてはいけない理由ができたようだ。
「とりあえずはわかった。伝えてくれてありがとう。今から荒木を取っ捕まえてくる」
こそこそと校門を抜けようとしていた荒木を捕まえたのは、数分後のことだ。
「――それと、お前神崎に何したんだ」
「は!?何でそんな話になるんだよ…!」
リバウンドに対する一通りの説教を終えれば、次は第二ラウンドだ。 こいつのせいでこっちまで体力を消耗するが、後輩に何か起こったのを見過ごすわけにはいかない。しかも原因がうちのこの馬鹿だ。 荒木は不服そうにしていたが、思い当たる節があったのだろう、一瞬にして顔が青ざめていった。 それが何よりの答えで、思わず拳を握ってしまう。
「彼女にお前に何かされたのか聞いたら赤くなっていた。お前を庇ってるんだと思うが、お前はいったい――荒木?」
頭を垂れて大人しくしたかと思ったが、急に呆然とした顔を上げた。
「赤くなってた…?あの時は冷静だったのに…?」
嘘だろ…と呟かれた言葉に頭の中でぷつりと何かが切れる音がした。
「『あの時』とはなんだ、荒木!」
おもいっきり胸倉を掴んだ。荒木は抵抗しなかった。
「ちくしょう、その顔は俺が見たかったんだよ…」
横を向いた荒木の顔は赤く染まっており、それはあの時神崎が見せた表情と同じでだった。 俺にはもう、意味がわからない。
赤色に染まる
出典:DROOM
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