サッカー部の荒木先輩は、江ノ島高校で有名人だ。
今まで丸かった――と言えば聞こえはいいが、正直に言えばデブだった体型を細く引き締まったものへと変えた彼は、江ノ島高校サッカー部のエースとして活躍し始めた。
知らなかったのだが、荒木先輩はU-15代表合宿にも出場していたサッカープレイヤーだったらしい。
やめていた理由は聞いていないが、再びやる気を取り戻した彼は鮮やかなボール捌きで見るものを魅了した。

荒木先輩と私は多少なりと縁がある。
友人に誘われて見に行った漫才研究会のコントに行った時に声をかけられたのだ。
絶対に俺のネタで笑わせてやる、と。
荒木先輩はコンビを組んでいて研究会の一番人気だったらしいが、その理由が正直私にはわからない。
やったネタは一つだけ。
「イエローカードのマコでぇす!」「アラーキーでぇす!二枚そろって」「「退場〜」」
これのどこで笑えるというのだろうか。
しかしあの場にいた人は私以外全員笑っていて、もしかしたらこちらの感性の方がおかしいのかもしれない。
そんなこんなで私と荒木先輩は知り合い、たまに会話やメールをする間柄になっていた。
ちなみに、先輩のネタで笑ったことはまだ一度もない。



先輩が活躍し始めて少し経ったとある放課後。日誌を職員室に運び教室に戻ろうと普段はあまり通らない廊下を歩いていると、最近見かけていなかった荒木先輩と久々に遭遇した。
彼は丁度資料室から出てきたところだった。

「お、神崎、久しぶりだな」

「お久しぶりです」

今の荒木先輩を大分見慣れてきたが、相変わらず劇的ビフォアフターっぷりには驚かされる。
そういえば痩せた彼を初めて見た時は誰だかわからず、ネタばらしをされてからも信じられなかったのを思い出す。
漸く昔と今がイコールで繋がった時も、脳内はあの匠の腕前に驚かされる番組のBGMが流れっぱなしだった。

「こんなところで何してたんですか?」

聞いてから野暮だと気づいた。
資料室は鍵もかかっておらず人気も少ないので、校内でも有数の告白スポットだ。

「あー……、おモテになるんですね」

「みんな今ごろになってこの荒木竜一様の魅力に気づいたってやつだな」

「はいはい、そうですね」

体型に問題がなくなった今、この人の一番の欠点はこの俺様思考だと思う。
先輩に告白する子はそれを知っているのか知らないのか。
痩せたらイケメンしかもサッカー部のエース。その彼女という肩書に惹かれた子のほうが多い気がする。
でもそれを口に出すと面倒な気がするから早々に話を切り上げることにした。

「なんだよ冷てぇなー」

「私は荒木先輩の恋愛に興味ありませんし」

事実を言ったまでだ。
だから告白されたと分かっていても結果は聞いていない。
まぁ、様子を見ていればどう返事をしたかなんて分かりきってはいるのだが。

「なんだ、俺は恋愛対象外なのか?」

「そうは言いませんが、今のところはそういう風には見れてません」

「ふーん、なら見れるようにしてやろうか?」

「は?」

気づいたら、壁際に追い詰められていた。
先輩の両手は壁につかれ、完全に私は彼に囲われてしまっている。
どういうことだ、どうしてこうなった。

「今のところってことは可能性はあるんだろ?」

「先輩そんな肉食キャラじゃないでしょ?」

「何言ってんだ。男は狼なのよって、習わなかったのか?」

ぐっと顔が近づいた。
普段の軽薄な様子とは異なり、強い瞳が射抜くかのように向けられていた。
逸らすのは癪なので私も負けじと睨み返して応戦する。
こうなったら奥の手だ。

「先輩の場合狼じゃなくて豚じゃないですか。なんですこの贅肉は?」

「いってぇっ!」

脇腹を掴めばぷにぷにとしたお肉が親指と人差し指の間に挟まった。
体型が変わりやすい人なようで、気を抜くとまたまるまるとした体型に逆戻りしてしまうらしい。
今回もまた我慢できず間食でもしてたのだろう。
顔にはまだ変化は出ていないから気付かれないとでも思っていたのだろうが、一度ベストな体型を見たのだからそう簡単には誤魔化されてなんてやらない。

「サッカー部の方に伝えておきます。織田先輩か岩城先生かで選ばせてあげるくらいの許容はしてあげますけどどうしますか?」

織田先輩は何度か荒木先輩経由で会ったことはあるし、岩城先生は授業を受け持ってもらっている。
私の言葉に先輩の顔からは一瞬にして血の気が引いていった。
鋭かった雰囲気が和らいだことに、気付かれぬように安堵する。

「それだけは…!それだけはご勘弁を…!」

「嫌です」

壁につかれていた手を退けたまたま窓の外を見れば、丁度織田先輩と岩城先生が並んで歩いた。
うちひしがれる先輩の姿を尻目に私はその方向へ向かう。
後ろから尚も慈悲を求める声がしていたけれど、振り返ることはしない。
変な冗談を言ってきた仕返しだ。
そう、あれはいつもの冗談。もしかしたらネタの一貫だったのかもしれない。あ、ネタの途中で茶々を入れたのだとしたら申し訳なかった。うん、本当に申し訳ない。
この予想はきっと間違っていない。そう何度も心の中で繰り返し、信じることにした。

だけどあの時、一瞬でも心臓が高鳴った自分は間違いだったと信じたい。





先輩の冗談







出典:DROOM







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