始まりは、確かに同じはずだった。
――無属性。
希少な存在であるが故に僕は狂信派と言う深い闇の中へ落とされ、希少な存在でありながらルルは温かい光の中を歩んでいた。
闇など陽だまりのようなルルには似合わない。 僕みたいな者にこそ、闇は似合うものだ。 なのに彼女は僕と同じように闇属性を身につけた。 なってしまったものは仕方がないと思うし、同じ属性になれたことに喜びを覚えている自分がいることも自覚している。 だから、守る。 いつかきっと、ルルという存在に目をつけるであろう狂信派から。 そして奴らは、僕を生み出したことを後悔するといい。
「エスト!」
パタパタという足音と僕の名を呼ぶ慣れ親しんだ声に、思考を止め声のする方向へ振り向く。
「……ごめんなさい、待った……?」
呼吸を調えながら話すルルに、僕は自分が座っているベンチを少し横にずれ、彼女の座る場所を空けた。
「少し座って落ち着いたらどうです?」
「あ…、ありがとう」
ルルは僕の隣に腰掛けると、何を思ったのか突然僕の肩に寄り掛かった。
「ルル!?」
「エストは何を考えてたの……?」
「え…?」
僕の手の甲にそっと重なる温かな掌。
「遠くからエストを見つけた時ね、何か深刻に考えている気がしたの……。私の勘違いだったらいいのだけれど……」
心配になって……、と呟くルルに、僕は普段なら恥ずかしくてすぐ振りほどいてしまう彼女の手を自分から握りしめた。 こういうところはやっぱり彼女には敵わないのだと思い知らされる。
「…これから先のことを考えていたんです。あなたは今や闇属性を身につけていますが、元は無属性です。そんなあなたがこれからも僕の側にいて、奴らが目をつけないはずがない」
握りしめた手がぴくりと反応し、そして僕の手を強く握る。まるで、何があっても離れないとでも言うように。
「大丈夫です。あなたを手放すなんて話をしてる訳でも、僕がまた自分を闇に封じるなんて話をしている訳でもありません」
そう言って微笑むと、ルルの身体から力が抜けたのを感じた。
「あの時の僕は気付きませんでしたが、あなたが僕から離れたとしても、元無属性だと知れたら確実に奴らはあなたを狙ってくる。それじゃ、意味がありません」
「エスト……」
「あなたは僕が守ります。そして、僕も奴らの言いなりにはならない。……そのために今僕がやるべき事を考え直していたんですよ」
空いた手でルルのふわふわとした髪を撫でると、彼女の空いていた手が僕の手にそっと重ねられた。 その手を己の頬に滑らせ、僕の手に擦り寄ってきた。
「ルル……?」
「私、守られるだけじゃ嫌よ。私もエストを守る。これは二人の問題だから一人で背負わないで、二人で乗り越えましょう?」
「ルル……」
真っ直ぐ僕を見つめるルルの瞳は、強い意志を帯びていたが、どこか不安そうに揺れていた。 こんな顔、本当は彼女にして欲しくないのに。
「そうですね。……では、まずあなたは授業中に寝ないところから始めてください」
この少し重い空気を消すように、僕はいつものように笑う。ルルがよく言うところの、綺麗すぎて逆に怖いという笑顔で。
「え!?……エスト!!私は真面目にっ!!」
「分かってます。……でもあなたにそんな顔をしてほしくはありませんから」
本当に大切な人だから。 いつでも笑っていて欲しい人だから。
「それに、あなたの強情さには奴らだって敵いはしませんよ」
「エスト…?」
「あなたのその強情さがあったから僕はこの世界に戻ってきた。だからあなたの強い意志がある限り、僕は奴らに負ける気はしません。……だから、変に気負わず笑っていてください」
「……うんっ!」
「……ちょっ、ルル!?」
突然僕に抱き着いた――と言うよりは飛び付いてきたルルに、僕はベンチの背もたれを掴むことでなんとか倒れずに踏み止まる。
「ルル!?危ないじゃないですか!!」
「ごめんなさい、つい勢い余って……」
僕の胸元に抱き着き、そこから上目使いで僕を見上げ謝る彼女に、心臓が高鳴る。
「まったく、本当にあなたって人は……」
溜息まじりに呟くも、僕の顔が赤くなっているのは隠しようもない事実で。
「……まぁ、そのほうがあなたらしいのですが……」
僕はルルを抱きしめて起き上がる。
「そろそろ夕食ですし、帰りましょう?」
もう少しこのままでいたいけど夕食は食べ損ねたくはないわ……、と名残惜しそうに温もりが離れる。 名残惜しいのはあなただけじゃないですよ、なんて恥ずかしくて言えないけど。 そのかわりお互いの手をしっかりと握り、僕らは帰路についた。
闇の中の一本の灯
(あなたが側にいてくれるなら、僕は負ける気がしない)
|
|