エストは休日の今日、湖のほとりで魔道書に目を落としていた。
何故彼がここにいるかというと、彼の彼女――ルルに呼びだされたからである。
その彼女はまだ現れていない。
約束の時間まであと1分。
エストはぱたりと魔道書を閉じてため息をついた。
彼女が時間通りに現れることが少ないことなど、よく分かっている。
湖をぼんやりと眺めていると、パタパタと足音が聞こえ、あぁ、ルルが来たのか、とエストは思う。
そして振り向く前に背中に感じる衝撃。

「エストっ!!」

「ルル!?」

エストが振り向いて呆れたように文句を言う前に、ルルは言葉を続けた。

「Trick or Treat ?」

にこりと彼女は笑う。
エストは目を瞬かせた。

「あれ…?エスト、ハロウィンって知らない…?」

何の反応も返さないエストを不思議に思い、彼女は尋ねる。

「知ってますよ。『お菓子をくれないと悪戯する』と脅迫するお祭りでしょう?」

にこりとエストは笑い、ルルを自分の体から引きはがす。

「エストったら何でそんな可愛くないことを言うのよ!!」

拗ねる彼女に、可愛くなくて結構です、とエストは返す。
しかしその言葉に反応することはなく、彼女はエストに顔を近付けた。

「で、お菓子くれるの?」

「あげるもなにも、お菓子なんて持ってません。いつも何かしらを持ち歩いているあなたと一緒にしないでください」

最後の皮肉など気にもせず、ルルは嬉しそうに笑った。

「じゃぁ、悪戯ね!!」

そしてエストが口を開く前に悪戯を仕掛けた。

「…っ!?」

悪戯と言う名の、口づけを。
唇を離し、ルルは頬を朱に染めながらも満足そうに笑う。

「…あ、あなたって人は……!」

エストは即座に赤く染まった顔を背けるが、同じく染まってしまっている耳は隠しようがなかった。
ルルはそれを嬉しそうに見ている。
その様子が癪に触り、エストは今度は自分から彼女に顔を近付けた。

「Trick or Treat ?」

吐息のかかる距離で囁かれ、耳まで赤く染めるのは今度はルルのほう。
お菓子などもちろん持っている。
でも、悪戯を選んだら……と淡い期待を持ってしまうほど、今の囁きは熱を含んでいた。
しかしエストのことだ、悪戯を選んでもルルの望むものを――彼女が先程したものと同じものをくれるとは限らない。
なのに、無意識に口からでた言葉は、

「……Trick…」

「…わざわざ悪戯を選ぶなんて、物好きですね」

残念ながら、貴女の望むものはあげませんよ?とエストは笑う。
そして、ルルとの距離を縮め――

「…んっ…!?」

エストが与えたのは、確かにルルが望んでいた触れるだけの可愛いキスとは違う、甘い甘い大人のキス。
苦しくなって彼女がエストの胸を叩くと、リップ音をたてて唇が離れた。

「……誰かさんに似てきたみたいで、最近の僕は少し我が儘になったんですよ。もう、単純な触れ合いじゃ満足できないんです」

耳元で囁かれた言葉は艶やかで。
エストがいつのまにか男の子から男の人に変わっていたことにルルはようやく気付いた。
は…、反則だわ……!と彼女は赤くなった顔を背けた――が、先程のエスト同様耳までも染まっているために、隠せていない。
エストはそんなルルの様子にクスリと笑いながら、彼女の顔を自分に向かせ、再びその唇を奪った。





欲しいのは甘いもの

(お菓子より欲しいのは甘い甘いあなたとのキス)







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