「お祭りでも行こうか」

全国大会も終わり少し時間に余裕が持てるようになったからか、精市は突然そんな電話をしてきた。
夏休みももうすぐ終わりを迎える訳なのでそもそもお祭りなんてやっているのか疑問だったが、どうやらきちんとリサーチ済みらしい。
珍しいお誘いを私が断る理由もなく、約束をして電話を切った。
そういえば、精市と出掛けるなんてどれくらいぶりだろうか。



当日、慣れない浴衣に身を包み待ち合わせの駅に向かえば、精市は既に待っていた。

「ごめん、待たせた?」

「そんなことないよ。それに、まだ約束の五分前だよ」

行こうかと差し出された手を握る。

「そういえば、浴衣可愛いね」

さらっと告げられた言葉に私の頬が赤く染まったのは見るまでもなかった。
顔を上げられなくなった私に、精市が控えめな笑い声が頭上から聞こえる。
楽しそうな精市に手を引かれ、改札をくぐった。
電車を数十分乗ってやってきたのは、大規模ではないがそこそこ有名らしい縁日だった。
人も多すぎず少なすぎずで丁度いい。

「何から行こうか?」

「うーん、まだ何か食べるには早いし、射的とかヨーヨーとかゲーム系からがいいな」

そうしていくつかの屋台に行ってみたが、結果的な話をすれば私にはゲームの才能はないらしい。残り二発となった射的の弾を見ながら改めて実感していた。
ヨーヨー、金魚すくい、輪投げ。私が上手くできたものなどなかった。
それに引き換え隣の男の手には二つのヨーヨー(どれだけ取っても二つまでしか貰えなかった)と、輪投げで貰ったお菓子の詰め合わせの姿がある。ちなみに金魚は飼えないからと貰わずに帰ってきた。
本当この男なんなんだ。チートですか。魔王ですか。あ、そういえば、神の子だった。

「どうしたの?」

「なんでもないですー」

ニコニコと笑うその顔は確実に私の思考などお見通しな気がして、慌てて銃に弾を詰めた。
さっきからキャラメルを狙っているのだが、八発打って一度かすっただけだ。
せめてこいつくらい持って帰りたいものだと狙いを定めていると、ふいに影が差した。
振り向けば、精市の顔がすごく近い場所にある。

「えっ!?」

「下手だなぁ……」

後ろから伸びてきた手は引き金を握る手と銃を支える手の両方に重ねられた。
線は細いけれど実はしっかりと鍛えられた体が背中にあたっているのを感じる上に、至近距離で精市が私を見つめている。
この状況に耐えられるはずもなく、慌てて顔を反らした。

「よく的を見て、確か少し左上を狙うといいって聞いたことあるから……。ねぇ、動いちゃダメだよ」

男の子にしては少し高めの中性的な声が耳元で聞こえて肩が震えた。話すたびに息がかかり、これで平常心でいろというのが無理な話だ。

「うん、こんなものかな。ちゃんと支えてるから撃ってごらん」

言われるままに引き金を引いた。
パンッと音をたて弾は狙い通りの場所に命中し、箱が後ろへと倒れた。

「当たった!」

「うん、よかったね」

頭を撫でられるのをおとなしく受けていれば、ヒューっと口笛の音が響いた。

「やるな、にいちゃん達」

射的のおじちゃんがニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
その様子で漸くここが人前どころか人の多い場所だったことに気付く。

「ねえちゃんのキャラメルとそっちのにいちゃんが持ってる菓子一緒に袋にまとめてやろうか?どうせねえちゃんのもんだろ?」

「バレましたか」

お願いしますとおじちゃんに手渡されたお菓子の詰め合わせは、キャラメルと共に袋に入れられて私の手元へとやってきた。

「精市、これ……」

視線を精市と袋とで行ったり来たりさせていると、目の前にヨーヨーの一つもやってきた。

「俺が自分で持って帰る訳ないだろ。荷物になるし俺が持ってただけ。それも貸して。残り一発まだ残ってるだろ。最後は見てるよ」

言うが早いか精市は私の手から袋を奪い取っていく。

「ありがと」

あぁ、やっぱり私はこの人が好きだと思い知る。
実際はそんなたいしたものじゃないはずの景品が、精市のお陰でものすごく大事なものに思えた。
高鳴る心臓を抑えるために一度深呼吸をして、最後の一発を打つべく的に狙いを定めた。





縁日の景品

最後の一発は、狙いから遥かに外れて飛んでいった。




出典:DROOM








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