「今回の放送は、全国二連覇を達成した男子テニス部の幸村精市くんをお迎えしてお送りいたします」

言い終えると共にマイクの音量を下げ、逆にBGMの音量を上げる。
慣れ親しんだ作業なのに今日は少し緊張してしまうのは、隣にいる彼のせいだろう。
彼――幸村精市を、立海内で知らない人間なんていないと言い切れる。
全国優勝を何度もしている男子テニス部部長様で、普段の姿はまるで王子様、テニスをすれば神の子様、実は結構魔王様。
そんな彼は本日私の所属する放送部のお昼の放送にゲストとして出演することになったのだ。

「じゃ、よろしくね」

「こちらこそ」

隣に座る彼に声をかければ、柔らかな笑みが返ってくる。
さしずめ今は王子様モードといった所だろうか。
BGMの音量をゆっくりと下げていき、音楽を止める。
マイクを私と彼の間にセッティングして、マイクの音量を上げる。自分一人でマイクを使うわけではないので、いつもより遠い距離で話さねばなない。だから普段よりも少しだけ音量は大きくしておく。

「それでは、今日のゲストをお呼びしましょう。先日二連覇を達成しました男子テニス部部長の幸村精市君です」

入るタイミングを手で合図する。

「こんにちは、幸村精市です」

柔らかいアルトの声がマイクを通る。
この挨拶だけで何人の女の子たちが色めきたったかなぁと思わず頭の片隅で考えてしまった。

「先日は全国優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます。松原さんも放送で全国一位をとったと聞きましたし、放送部のラジオとビデオ番組も入賞したそうで。おめでとうございます」

「ご存知くださったなんて、こちらこそありがとうございます。」

とりとめもないような雑談を交わす。今のところ掴みは上々。
ある程度のコミュニケーションを最初にとっておかなくては番組の盛り上がりに欠けるのだ。

「お話しもこの辺にして、コーナーにいきましょうか。生徒の皆さんから頂いた幸村君への質問が入ったボックスがこちらにあります。これを引いてもらい質問に答えて頂く形式です」

隣に準備しておいたボックスを手に取り、彼へと渡す。

「ふふっ。今更言っても仕様がないけど、お手柔らかにね」

普段より何倍もの枚数の質問が入ったボックスが、彼の認知度と人気を物語っている。
ここだけの話、質問が全く集まらず部員がせっせと考えてボックス内を充実させるなんてことも少なくないのだが、彼の場合は全くもって心配がなかった。

「んー、はい、これにしようかな」

ごそごそと中を探っていた彼の手が漸く一枚の紙を選び抜き、私に渡された。

「それでは、最初の質問にいってみましょう」







それから、いくつかの質問を答えてもらった。
彼はトークも上手く、特に何事もなく番組は進んでいった。
時計を見れば残り時間もわずかだ。

「では、次が最後の質問になります。幸村君お願いします」

「はい。じゃあ……これで」

渡された紙を開いて内容を見た瞬間、思わず固まってしまった。

「ん?なになに…、『彼女もしくは好きな子はいますか?または好きな女の子のタイプを教えてください』か……」

横から覗き混んだ彼が読み上げる。
今までは部活動のことやテニスの質問ばかりだったし、聞きにくいようなプライベートな質問は最初からいれない予定になっていた。
勿論ボックス内の質問は全部確認している。
これは女子部員の誰かがこっそり入れてしまったとしか考えられない。
よりによって何故この質問を引いてしまったのか……。

「えっと…プライベートに踏み込み過ぎている質問ですし、お話しできないのであれば……」

「大丈夫です。……彼女は、いますよ」

突然の爆弾発言に、凍りつくというのは多分こういうことなんだと実感した。

「あ、でも、誰かまでは伏せさせてもらいますね。漸く口説き落としたばかりですし」

自分の発言がどれだけの影響力があるのか分かっているのかいないのか――いや、彼ならきっと分かっているはずだが、発した本人はにこにこと今日一番の笑みを浮かべている。

「これに関してはこれ以上話広げないでくださいね。お願いですから番組締めちゃってください」

困ったような声でこちらにふってくるが、困っているのはこちらだ。いや、もう、本当に、こんな展開予想なんてしていなかった。

「し、衝撃発言も飛び出したところですが、残念ながらお時間となってしまいました。本日のゲストは男子テニス部幸村精市君でした。ありがとうございました。それでは、次回の放送もお楽しみに」

なんとかアナウンスを入れ、最後にBGMを流す。
程よいところで音量を消していって終了だ。
CDを取りだしてケースに仕舞い、放送器具の電源を切る。
動揺していても、体に染み付いた作業は考えることもなく勝手に動いてくれた。
放送ブースから出ると、彼が肩を叩いてきた。

「お疲れ、優奈」

振り向けば優しい笑顔。
だけどその顔を見た瞬間、私はふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。

「ちょっと精市!隠そうねって約束したのになんで彼女いるなんて言っちゃってるのよ…!」

「ごめん、ごめん」

言葉とは裏腹に悪気なんて全く感じていない笑いが返ってくる。

「でも、彼女の名前は隠しただろう?」

「屁理屈!」

「そんなことないよ」

精市は楽しそうに言う。
これはお付き合いを始める前に、二人の関係は周りには隠したいと告げたことをきっと相当根に持っているのだろう。
私だって精市に申し訳ないと思っているし、彼と付き合うことを後ろめたいと思っている訳でもない。
だけど私とて流石に女子の目の敵になるのも見世物のようになるのも勘弁したいところだ。

「とりあえずさ、ご飯食べないかい?」

精市は放送室内に持ってきておいたお弁当を掲げて見せた。
机の上に置いてあった放送原稿やビデオ制作企画案などの書類を隅に寄せて二人分のスペースを作ってくれる。

「隣、座りなよ」

「うん……」

腹が減っては何とやら。話は空腹感を満たしてからにしようではないかと思い大人しく席に着いた。
お昼の放送をやるとご飯食べる時間は少ないし、放送中はお腹が鳴るんじゃないかと実は結構ひやひやしたりする。

「まぁ、教室帰ったら俺はいろいろ聞かれるだろうし、余計行動を注目されるとも思う。俺の彼女を自慢したい気持ちもあるけど、頑張って隠そうとする優奈も可愛いから、もう少しは我慢してあげるよ」

美味しそうなお弁当の入った蓋を開けながら、精市は言う。

「でも、俺はそんなに我慢強い方ではないから頑張ってね、彼女さん」

カタンと自分のお弁当の蓋が手から滑り落ちた。
恐る恐る彼の顔を見上げると、口元が弧を描いている。
だけどそんな表情すら綺麗なのだから本当にこの男は性質が悪い。
その表情で、その仕草で、その視線で――どれだけ私の心臓を高ぶらせたら気が済むというのか。
さらっと恋人発言されるであろう近い未来に半ば諦めを覚えてしまう。

幸村精市。彼は立海大男子テニス部部長様、普段の姿は王子様、テニスをすれば神の子様、実は結構魔王様。
そして――




秘密

そして私の、愛しい愛しい彼氏様









出典:DROOM








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