真冬の熱/krbs 緑間 1/2


 練習を終え、体育館を出ると、寒さで身を縮こまらせている名字がいた。疲れて変なものでも見えているのかと思い、一瞬動きが止まった。だが、妙に嬉しそうな顔で駆け寄ってくる名字を見て、ただの気のせいだという事に気付く。

「……何故、こんな時間までいるのだよ。帰れと言ったはずだが?」

 高尾も先に帰るほど練習が長引いた。だというのに。

「これでもマネージャーですから」

 鼻を赤くしながら、笑顔で親指をぐっと立てていた。
 季節は真冬。日が沈むのも早く、辺りはすっかり暗くなっている。だから先に帰らせたというのに、名字ときたら……思わず頭を抱えそうになる。

「ずっと待っていたのか?」
「まぁね!」

 今度は腰に両手を当て、ふんぞり返っている。背後に「えっへん」という子供じみた文字が見えた……様な気がした。白い溜め息が空に昇る。

「本当にお前は……馬鹿なのだよ」

 巻いていたマフラーを取り、名字に巻くと、驚きと戸惑いが入り混じった瞳で俺を見上げてくる。

「えっ、これって……確か今日の……」
「蟹座のラッキーアイテム、ロングマフラーだ」
「いいの?」
「先に帰れと言ったのにもかかわらず勝手に、しかも外で待って鼻を赤くしている馬鹿がいたのでは、仕方がないのだよ」
「酷い言い様だなー。んーでもあったかい……」

 暫くマフラーの感触に破顔していた名字だったが、マフラーの端を手に取り、まじまじと見つめはじめる。

「なんだ、何か不満でもあるのか」
「緑間くん、ちょっと屈んで!」

 何かろくでもない事を思いついたのか、目が輝いている。こうなってはもう拒否権はない。仕方なく言う通りにすると、首にふわりとマフラーが巻かれた。
 驚いて名字を見ると、やたら満足気な笑みを浮かべていた。そして、名字にも同じマフラーが巻かれているのが目に入る。つまり……一つのマフラーを一緒に巻いている状態。

「これは……一体どういうつもりなのだよ」
「これなら緑間くんがラッキーアイテムとして身に付けられるし、二人ともあったかい。一石二鳥なのだよ!」
「誰の真似をしているつもりだ……。だがまあ、いいだろう」

 実際温かいのだから、これが最善なのだと思う事にする。……端から見たら、馬鹿な恋……男女に見えるだろうが。

「帰るぞ。もたもたするな」

 名字の手を取り、歩き出す。彼女の手は冷え切っていた。こんな寒空の下で待っていたというのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
 また白い溜め息を吐いていると、手を握り返される。その感触に気付いて隣に視線を移すと、笑顔の名字がいた。

「緑間くんの手、テーピングしてあるけど、あったかいね」
「名字の手が冷たすぎるだけなのだよ。まったく、今度からは中で待っていろ」
「なら、またこんな風に帰ってくれる?」
「……調子に乗るな」

 隣、下方からブーイングが聞こえる。
 息を深く吐く。呆れと喜びの様な感情が入り混じる。

「うるさいのだよ。……分かったから、冬に外で待つのはもうやめろ」

「風邪を引いたらどうするのだよ」と、独り言のように小さな声で付け足した。すると名字の顔に悪戯っぽい笑みが浮かべられる。

「じゃあ今度から、あったか〜いおしるこ、温めながら待ってるよ。風邪引いたら心配させちゃうみたいだし」

 聞こえていたらしい。変な所はいつもよく聞いていて、変な所で記憶力が良い。
 少しでも自分を落ち着かせるため、眼鏡を押し上げる動作をしてみるが。

「それに、風邪で緑間くんに会えなくなるのは……寂しいしね」
「なっ……!」

 名字は俺の顔を覗き込みながら笑顔でそう続けた。お陰で動作は全くと言っていいほど無意味なものとなった。
 俺より背が低いせいで、名字は意図せず上目遣いになる。その目で見つめられるたび、冷静さは欠如していく。
 名字の目から逃れるため、ただ前を向いて歩く。だがそれも、繋がれた手の感触で無意味なものだと気付かされる。
 真冬だというのに、やたら顔が……熱い。冷たい風が頬を撫でていくが、顔も手も熱を保ったまま、冷める気配はない。

「まったく……」

 その後に続く言葉が出てこず、ただ白い息が空に昇っていくだけだった。

(2013/12/3)


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