夢現の中で願うこと/陳宮 1/1


 年が明け、世間は初詣へ行ったり、こたつに入り惰眠を貪る中、私のしていることと言えば……呂布殿の家の台所でてんてこ舞いになりながら雑煮を作っているという、些か……いや、かなりおかしな状況下に置かれていた。

「陳宮! 雑煮はまだか!?」

 居間から限りなく怒号に近い催促の声が飛んでくる。声の主はこの家の主で大黒柱の呂布殿。その当の本人はこたつに入り、苛立たしげにテレビを眺めている。
 そもそも呂布殿の家で、呂布殿と玲綺殿はもちろんのこと、張遼殿になまえ殿も招いて新年を迎えようという、なんとも和やかな空気で始まったはずだというのに。……新年を迎えた頃にはご覧の有り様だった。呂布殿以外の三人も、こたつに入って雑煮が来るのを待っている。

「陳宮! 聞いているのか!?」
「た、只今、只今作っておりますゆえ、しばしお待ちを!」

 思索に沈んでいるとまた怒号が飛んでくる。慌てて返事をし、止まっていた手を動かす。この状況を嘆き、溜め息を吐く暇さえない。今はただ、雑煮作りに没入することにした。

***

「お待たせいたしました。陳公台作の雑煮、ぜひご賞味あれ!」

 四人分のお椀を盆に乗せ、一人ひとりの前に置く。呂布殿は遅いと悪態をつきながら、玲綺殿は平静を装いながら、張遼殿は柔らかな表情で香りを楽しみつつ、なまえ殿は満面の笑みを輝かせていながら、各々お椀を持ち、一口食べた。

「うーん美味しい!」
「ふん、悪くない」
「ふむ、確かに美味だな」
「陳宮殿にこのような才があったとは……」

 反応は上々といったところだろうか。満足げにうんうんと頷きながら彼らを眺める。

「あれ? 陳宮、自分の分は用意してないの?」
「……あ。すっかり……忘れていましたな……」

 必死に作っていたせいか、自分の分の餅を入れるのを忘れていた。それ以前に、呂布殿が一人で十個の餅を所望されたため、どちらにしても私の分の餅は確保出来なかったのだが。とはいえ、さすがに食べられないのだと分かると少しばかりがっくりと来る。

「あの……私の分、食べる? 一口食べちゃったから、陳宮が大丈夫なら、だけど」

 見かねたのか、なまえ殿が申し訳なさそうにお椀を差し出した。

「いえいえ、お気になさるな。この雑煮はあなた方のために作ったもの、味わって召し上がってもらえるのが何よりの報酬と言えましょう。お心遣い、感謝ですぞ」
「そう……? それじゃあ、味わって食べるね」

 なまえ殿はそう言うと、もう一度雑煮を口に運び、舌鼓を打つように唸った。その時の嬉しそうな表情だけで報われるというものだった。本当に、測る必要もないほど感情が顔に出る彼女は、見ているだけで微笑ましい。
 四人の食事風景を眺めていると、徐ろに張遼殿が箸を置き、脇にあった袋をこたつ台の上に置いた。

「どうした、張遼」
「いえ、玲綺殿となまえ殿に甘酒を買ってきていたのを失念していたゆえ、これをどうぞ」

 張遼殿は袋から甘酒の缶を二つ取り出すと、二人の前にトンと置いた。女性ならば、普通の酒類よりこちらの法が飲みやすいかもしれない。何よりなまえ殿はあまり酒に強くない。だが、これなら問題なく飲めるだろう。

「悪いな、張遼。ありがたくいただくぞ」
「甘くて美味しいー。ありがとう、張遼殿」

 玲綺殿が礼を言っている間、少し目を離した隙になまえ殿は缶を開け、甘酒を呷っていた。一抹の不安を感じながらも雑煮のおかわりを入れたり、くつろいでいる間に夜は深くなり、元旦も終わろうとしていた。そして何故か……なまえ殿はすっかり出来上がっており、気持ち良さそうにこたつに入りながら眠っていた。玲綺殿も同じように眠ってはいるものの、さすがに甘酒で酔うことはなかった。

「お二人とも眠ってしまいましたし、そろそろお開きの時間、ですかな」
「玲綺を部屋に寝かせたら俺も寝る。泊まるなら開いている部屋を使え。陳宮、後は任せたぞ。それと……今日は悪くなかった。一応礼を言っておいてやる」
 呂布殿はそう言い残すと、眠った玲綺殿を横抱きにして二階へと上がって行った。
 呂布殿の言葉に驚き、張遼殿と顔を見交わすと、どちらともなく小さく笑い声が漏れた。そして、張遼殿も満足げな表情で立ち上がった。

「では、私もお暇させてもらうとしよう。陳宮殿、美味な雑煮、馳走になった。新年もよろしくお頼み申す」
「これはこれは、ご丁寧に……。こちらこそ、よろしくお願い致しますぞ」

 張遼殿も新年の挨拶を済ませると呂布殿の家を後にした。張遼殿を見送り、居間に戻ってきて一息吐いた。

「さてさて、どうしたものでしょうか」

 残される私と、こたつで眠りこけているなまえ殿。静かに彼女に近付き、体を揺すって起こそうと手を伸ばそうとしたところで手を止めた。あまりにも心地良さそうに眠っている。起こすのが躊躇われるほどに。なまえ殿の顔に掛かった髪を指先で整える。

「本当に……本当に幸せそうな寝顔ですな。何か、良い夢でも見ておられるのか……」

 そっと頬に触れるてみる。温かく、柔らかな感触にどこかほっとする。が、起きる気配はない。
 このまま、こたつに入ったままでは風邪を引いてしまう。部屋に連れて行かねばならない。少し名残惜しさを感じながら、せめて起こさないように部屋へ運ぼうと手を伸ばすと、彼女の目が開いた。

「んー……。陳宮……?」
「起こしてしまいましたか。こたつに入ったままでは風邪を」
「あー陳宮だー」
「な……!? なまえ殿!?」

 まだ酔っているのか、はたまた寝ぼけているのか、唐突に彼女が私の首に腕を回してきた。そしてそのまま、なまえ殿はまた寝転がる。私はそんな彼女に引きずられ、なまえ殿を押し倒したような、覆いかぶさるような状態になってしまう。なまえ殿との体温の距離が一瞬で詰められ、鼓動が急速に速まっていくのが自分でも分かる。

「お雑煮作ってくれてありがとう。本当に美味しかった。あと、手伝えなくてごめん。こたつの魔性さに負けちゃったよ」

 やはり寝ぼけているのか、なまえ殿は眠たげな瞳で礼と謝罪を述べた。そののんびりとした語気に拍子抜けしたような、安堵したような……何とも複雑な感情が湧く。それに伴って、早鐘を打っていた心臓が徐々に平静さを取り戻していった。

「これぐらいのことならお任せあれ。あなたにご満足いただけたのなら何よりもの幸いというものでありましょう」
「なら、また食べたいな、陳宮の作る料理」
「なまえ殿が望むのであれば、この陳公台、何度でも……どんなことでも叶えましょうぞ」

 本心とも言える思いを告げる。だが、あまりゆっくりしてもいられない。彼女を部屋へ運び、帰らなければ。何よりこんな至近距離でいるのは少々問題がある気がする。……けれどもう少しだけ、ほんの少しだけ、この他愛のない会話を続けて、なまえ殿を感じていたかった。

「大袈裟だなぁ。でも……うん、ありがとう。あのさ、陳宮」
「何ですかな?」
「あけましておめでとう。今年も迷惑掛けちゃうと思うけど……よろしくね」

 なまえ殿が私に迷惑を掛けていると感じていたとは思っていなかった。だが、こちらは迷惑を掛けられた記憶など、全くと言っていいほどない。今振り返ってみても思い当たる節がなかった。今回のの雑煮作りを手伝わなかった、なんてものもあまりにも小さな事柄な上、美味しそうに餅を頬張るなまえ殿の姿を見れば苦労も疲労もどこかへ吹き飛ぶというものだった。

「こちらこそ、何卒、何卒よろしくお願い致しますぞ。ですが私は、あなたに迷惑を掛けられたことなど今まで一度たりともありませぬ。私相手に変な気遣いは無用でありますぞ」

 私がそう言うと、首に回されていた腕がするりと放れた。なまえ殿の表情は、どこか安心したように穏やかな笑みが浮かべられていた。

「そっか、良かった……。陳宮がいてくれて……初夢にも陳宮が出てきてくれて、良かった……。だから、今年も……」

 なまえ殿はそのまま、また眠りに落ちていった。どうも先ほどまでの会話は、初夢に出てきた私とのものだと思っているらしい。

「『陳宮がいてくれて』……ですか。まったく……夢現でそんなことを言うのは卑怯、卑怯というものでありましょうに……。本当に、あなたには敵いませぬ」

 眠る彼女の頬にもう一度触れるが、規則正しい寝息が返ってくるだけだった。いよいよこうなっては起こすわけにいかなくなってくる。あまり揺らさないよう、慎重にこたつからなまえ殿の体を出し、横から抱きかかえ部屋に向かう。すると彼女がむずかるように身じろぎをし、慌てて止まる。安定したのか、再び眠りに落ちたようだった。
 ようやく部屋の前に着き、何とかドアを開けてゆっくりとなまえ殿をベッドに降ろした。細心の注意を払いつつ、布団を掛けると、なまえ殿が何かを寝言を呟いている。

「陳宮……どこに……」

 どうやら夢の中で私を探しているようだった。不安げな表情と声音に、部屋を去ろうとしていた足が止まる。

「私はここに、あなたの傍におりますぞ」
 
 なまえ殿の手を握る。すると彼女は私の手を握り返した。まるで大事なものを抱くかのように。

「これでは、これでは帰れませぬな。なまえ殿、良い夢を」

 無理に振り解くわけにもいかないと、一つ言い分けをして穏やかな寝顔を見つめる。心が和み、思わず笑みがこぼれた。

「私には、今この時間こそが初夢……ですかな?」

なまえ殿の傍が私にとっての現であり、夢なのだろう。ならばと、その夢と現の中で一つ願いを口にする。

「どうか、どうかこれからもあなたの傍にいることをお許しくだされ」

 一分でも、一秒でも長く、この時が続くようにと。


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