colorless/徐庶 1/2


 君を失ってどれくらいの時間が経っただろう。時間の流れが、人の動く速度が、やけに遅く感じるようになった。
 雑踏の中で、もうここにはいない君を想う。

「この街はこんなにも人で溢れているのに、君はもう何処にもいないんだな……」

 君との記憶が徐々に色を失くしていく。表情、声、感触、温もり。君を彩っていた全てが白と黒に変わっていく。

 間に合わなかった。遅すぎたんだ。もっと早くに駆けつけていれば。いや、ずっと傍に居てさえいれば。
 どうしようもない後悔の念に駆られる。

──まだ本当は何処かに居るんじゃないだろうか。

 “失った、何処にも居ない”それを否定したくて、自分の罪を拒絶したくて、街中を徘徊していると、人と肩がぶつかってしまった。

「おいてめぇ! どこに目つけて歩いてんだあぁ!?」

 酒臭い……なんとも分かりやすい輩に絡まれてしまった。とはいえ、呆けてぶつかってしまった自分が悪い。

「ええと、すみませ……」

 謝ろうと言葉を発したその瞬間──
 ……おかしい。これは……一体何、が……?
 突然の事態に呆然としていると、頬の辺りに衝撃が走り、体は地面に打ち付けられていた。どうやら殴られたらしい。
 その後も殴る蹴るが続いたが、飽きたのか気配はどこかに消えていた。
 起き上がるとまだ少しふらふらするが、不思議と痛みはなかった。だが、殴られる前に感じた違和は確かなものとなった。

「ああ、やっぱりだ」

 まるであの日、君を失くした時のように、あっさりと、あっけなく、何の前触れもなく。俺の目に映る世界は、色を失くした。

***

 俺の世界から、心から、彩りなんてものは消えてしまった。何故色を失ったのか、考えたくもない。ただ想うのは、君のことだけでいい。
 体を動かしていれば、くだらないことは考えずに済む、楽だ。襲撃する理由はそれだけ。今の俺には十分すぎる。

 足元に何かが転がっている、おそらくはもう死んでいる“物”だろう。
 ふと背後に気配を感じる、と

「う、うおおおおお!」

 辺りに響く叫び声、雄叫びと呼ぶにはあまりにも情けない。何より自ら位置を知らせてくるとは…愚かとしか言い様がない、叫んだ本人は不意打ちのつもりだったのだろうが。

「一々うるさいな」

─ザクッ

 叫び声を上げながら突っ込んできた兵士は、剣を刺されたせいなのか、はたまた気付かれていないとでも思っていたのか、驚き目を見開いていた。当然の結果だというのに。
 刺した剣を引き抜き、兵士の体を投げるように払う。足元に転がる“物”がまた一つ増えた。くだらない。

「これで全部、か」

 息を一つ吐いて、自分の指先から生温かい何かが伝い落ちていることに気付いた。

「これは……」

 白と黒の液体。きっと、血……なのだろう。

「相変わらず色がないな、これじゃ水とさして変わらない」

 どこか渇いた笑いがこぼれた。笑ったのは久しぶりなような気がする、最後に笑ったのは何時だっただろうか。
 それにしても……。

「血……か」
色のない血を眺めながら、君の……最期の時を思い出す。君も最期に流していた。
 流していた、はずのもの。

 なのに──

「思い、出せ……ない……」

 ……君の血は一体どんな色をしていた? 君の顔は? 声は? 感触は? 温もりは?
 自分の血に濡れた手を見つめ、一気に溢れ出す感情と疑問。
 一緒に、戦って、悩んで、でも笑いあって…確かに君は居たはずなのに。
 白と黒に変わっていった君との記憶。まだ残っているはずなのに。
 なのに……必死に思い出そうとすればするほど、朧げになっていく記憶の残滓。
 まるで 最初から なかったかのように──
 君の……最期を思い出そうとした理由、辛い記憶のはずなのに。
 はず、なのに
 あぁ、そうか。俺にはもう、この記憶しか、残っていないんだ。

「君が……消える……?」

 大事なはずなのに。忘れたくないはずなのに。

 俺の中から、君が消えていく。

 その瞬間、何かが崩れ落ちていくのを感じた。


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