もう戻れない/李典 1/2


「ん?」

 偶然通りかかったなまえの部屋、扉が開けっ放しになっている。

「なーんかピンと来たぜ。これは……」

 部屋を覗いてみると、案の定なまえが机に突っ伏したまま眠りこけていた。

「はぁ……やっぱりな。鍵どころか扉まで開けたままって、無防備にもほどがあんだろ……」

 どうするべきかと思案しながらなまえの寝顔を覗き込んでいると、ふいに以前の出来事が蘇る。

──

「あんたのことが好きなんだ、俺。……って言ったら、なまえはどうする?」

 彼女との距離を測る言葉。でも。

「『どうする』って、そもそも冗談でしょう?」
「……さあ、どっちだろうな?」

 はっきりした答えを出されるのが怖くなって、茶化すように質問に対して質問を返す。
 そんな俺とは逆に、彼女の目は真剣なものになっていた。

「そういう嘘は……いらないよ」



「なんで今になって、こんなこと思い出すんだよ……」

 過去の自分のどうしようもなさに頭を掻く。
 分かってる。彼女の性格も。ああなることも。測ろうとした彼女との距離も。

「どう足掻いたって、あんたには届かないってことも」

 分かってるんだ、勘なんてなくても。なまえにとって、俺はただの“お友達”だってことぐらい。
 それでも、少しでも、どんなことでも、知りたくなる。彼女のことを。
 なのに─

「なまえの気持ちだけ、聞くのが怖いんだ」

 気が付けば眠っているなまえに口付けていた。咄嗟に離れるが――。

「李典……?」

 寝ぼけ眼をこすりながら起きるなまえ。しまったと思った所で、もう遅い。

「いや、俺、は……!」
「今、何を……?」
「!」

 居た堪れなくなって、その場から、彼女から、逃げ出した。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をするほど彼女から逃げていた。壁にもたれてずるずるとへたり込むと、思わず頭を抱えた。

「何やってんだ、俺……」

 なまえから引かれた友達という境界線。越えてはいけないと、そう思っていたはずなのに、いとも容易く踏み越えてしまった。
 そっと自分の唇に触れる。離れた今も残る甘い唇の感触。

 魔が差してやった訳じゃない。

「……だったら何だって言うんだよ……!」

 自分の言い訳じみた心の声に苛立つ。
 少しでも気を落ち着かせるため、目を閉じて呼吸を整えようと試みるが、浮かんでくるのはなまえの姿ばかりで心臓の音が余計にうるさくなるだけだった。
 逃げても、目を背けても、瞼にはこんなにも彼女のことが焼きついている。

「本当に、どうしようもないな……俺」

 自分の間抜けさ、愚かさに自嘲の笑みがこぼれた。
 過去も、今も、何一つとして変わっていなかった。変わることも、変えることも、出来なかった。
 ……何かが頬を伝ったような気がした。

「何もなかったように、またあんたの……なまえの声が聴けたなら……」

 でも、もう戻れない。良き友達という仮面を被っていた頃には。


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