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「では母上、おやすみなさい」

「おやすみムゲツ。あ、襖は開けておいていいよ」

礼儀正しい子だ。お辞儀をしてから私の部屋を出て行く息子に感心してしまう。
ガサツだなんだと言われてきた私の子が、あんなに素直で礼儀正しいなんて……タジマ様はなんて思うのだろう。

少し肌寒くなってきたなぁ。
開けられている襖から入り込む風に二の腕をさすった。
明るすぎる夜に空を見上げる。丸い月。今日は満月か。
昔は月にウサギがいるなんて話をしたっけ。餅をついてるとかなんとか、そんなはずないのに。
月にいるのはもっと恐ろしい、……恐ろ、しい。

「……ああ、そうか」

視線が手元に落ち、ギュッと掛け布団を握る。
夜風が途端に冷たく感じ、虫の鳴く声が遠くなった。ガサガサと木が揺れて葉をぶつけ合い、騒がしく空気を震わせる。

「……気付きたくなかったな」

「何に?」

気配を感じなかった。
視線を上げれば、開け放たれた襖に寄りかかって私を見詰めるマダラの姿が。
彼は私から視線を外す事無く、再び「何に、気付きたくなかったんだ?」と問いかける。
何も悪いことはしていない筈なのに、どこか責めるような声色で、私を追い詰める。

「ここは偽物だ。現実じゃない」

「何故そう思う」

「有り得ない事が、少なくとも二つある」

マダラは何も返さなかったが、細められた目が私に“続けろ”と訴えかけていた。
本当は口にしたくなかった。言葉として吐き出してしまえば、自分の耳に入って再確認する事になるから。
だがそんな我が儘、通る筈がない。マダラの無言の威圧に私は折れて、少しずつ口を開いた。

「まず、イズナ。イズナは死んだ。マダラに目を渡して」

「……」

「もう一つは私だ。私は母上の作り出したチャクラの塊でしかない。……子供はつくれない」

マダラはゆっくりこちらに歩み寄り、私の隣に腰を下ろして優しく私を抱きしめた。
彼の寝間着を掴み、胸元に顔を寄せる。
確かに心臓は動いているのだ。ここにいるマダラは、イズナは、ムゲツは、みんな生きている。
でもこれは、この世界は……偽物なのだ。

「何もかも浮かんでくる。イズナが死んだ事も、黒野郎に私自身の正体を教えられた事も、あんたと結婚出来なかった事も……なにもかも」

「ヒネ……」

優しい声が私の名前を紡ぐ。それすらも偽物だ。こんな悲しい事があるのか。

「なにが切欠だ」

「ムゲツの存在。本格的に違和感を持ったのは、イズナの目……」

「あれはお前にとって、そんなに衝撃的な出来事だったのか」

後頭部を撫でる手に涙が滲む。
瞳力の使いすぎで失明したマダラにイズナが目を渡した事は、いつまで経っても忘れられない。私がうちはの血を引いていたならばと何度悔やみ願った事か。
私がうちはなら、私が目をマダラに捧げたのにと。イズナと私とで、片目を差し出すことも出来たのではないかと。
ずっと意味のない後悔をしている。どう足掻いても私が“うちは”になる事は出来ないというのに。

「泣くな……」

「ま、マダラ……私は、」

「何故嘆く?お前は幸せなのだろう?」

顎を優しく持ち上げられ、顔を上げることになる。
視界に映ったのは真っ赤な目で私を見下ろすマダラ。
バカ。瞳術は私に通用しないよ。忘れたわけ無いだろう。

「ここはお前の望んだ世界だ。お前が望んだのは、“唯一無二ではない事”……」

ハッとして変な声が出る。
そうか……そうか。なら私は、この世界じゃ瞳術が効くんだ。

「母であるカグヤに産み出されたチャクラのストックではない、ただの忍……」

ぐるりと、模様が揺れる。
吐息混じりの低い声が脳神経を刺激して、私は麻痺したように体が動かなくなるのをぼんやりと感じていた。

「お前は大筒木ヒネじゃない。オレの妻、うちはヒネだ。そうだろう?」

「あ、ぁ……」

「辛い事など忘れてしまえ。オレが幸せにしてやる。ここならば、それが出来る……」

背中に柔らかいものを感じた。目の前にはマダラの熱の籠もった笑みと、暗い天井。
指が絡む。脚の間に、マダラの片足がねじ込んだ。

「マダラ、」

「愛している……お前もそうだろう?」

暗闇に浮かぶ煌々とした赤い瞳にクラクラと意識が揺れる。
だらしなく口を開け、壊れたおもちゃのように中途半端な言葉を紡ぐばかり。

「私も、あ、いして……」

幸せな時間だった。
失った弟が生きている。
望めなかった子供がいる。
結ばれなかった恋人がいる。
手に入らなかった平和な日々がある。
満たされていた。私は確かに、幸せを感じていた。
愛する人から、溢れんばかりの愛情を注がれている今だって、幸せなことだ。

それなのにどうして、こんなに虚しいのだろう。涙が止まらない。
心に穴があいたみたいだ。忘れてしまえば、埋まるのだろうか。

「オレの目を見ろ」

意識が、とお、く――。


2017.04.10