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- イズナの死 -


もう随分と長く、浅い呼吸を繰り返している。
一本の蝋燭に灯された小さな炎が隙間風に吹かれて揺れた。
長くても今日が山場だと、医者は言った。それを受け入れるしかない程、弱っているのが目に見えている。

弱っていく身体につられて傷んだ髪を撫でると、口角が少しだけ緩む。そのまま白い頬に指をずらせば、安心したように吐息を一度吐いた。


「痛みは」


両目を覆う包帯は乾いている。
問いかけた私に返ってきたのは、「ないよ」というか細い声だった。喉が乾いているようで、少しだけ掠れていた。

イズナが扉間との一騎打ちで敗北し深い傷を負った。
なんとか助けようと私も奔走した。最後の弟だ。守りきると決めていた。それなのに、私は余りにも無力で。
日に日に弱っていく姿に胸が引き裂かれるような思いだった。夢にまで見るほどに、イズナがこれから辿るであろう道を受け入れられずにいた。

そして、暫くして。回復の見込みがなくなったイズナがとある提案をした。
マダラに自らの目を差し出す事だった。
マダラはイズナが深手を負った数日後に、写輪眼の使いすぎで失明している。
うちは一族にマダラの力は必要不可欠。誰だってそれを知っている。
だからこそイズナは、眼の提供を申し出た。
否定したかった。情けなく泣き喚いたのは何歳以来だろう。

“私がうちはなら、私が、私があんた達と同じ血なら良かったのに。私がイズナの代わりに傷を負えば良かったのに”

それを宥めたのは、マダラだった。
いつの間にか私よりも遙か先を歩き、立派に一族を率い、遠くなったひと。

結局、イズナの目はマダラに渡った。
後悔ばかりが肩に乗る。あの時、もっと早く私が気付いていれば良かったんだ。イズナと扉間の姿が遠ざかっている事に、早く気付いていれば。


「……兄さん、みんなを頼んだよ」


胡座をかき膝に肘をついて俯いていたマダラが、ぴくりと反応する。
長い髪と暗い影で表情は見えないが、見なくともなんとなくわかる。


「手を握ってよ。昔みたいに」


ゆっくりとした動作で、掛け布団に乗っていた手が伸ばされる。
私はすっかり熱の抜けてしまったその手を両手で握り締めた。マダラも、手袋を噛んで外すとイズナの手を掴んだ。


「はは、兄さんもヒネもすごく熱いや。もう子供体温なんて通じない歳だろう?」

「……イズナ、」

「痛いよ、二人とも。骨が砕ける」


嬉しそうに笑みを浮かべ、力無く笑う。
目の奥がじんじんと熱くなっていくのが分かった。
無理をしているようにも見える弟の態度に、喉が、声帯が、震える。


「……二人が僕のきょうだいで良かった」


暗闇に消えていく静かな声。
とうとう耐えきれなくなった私の目からボロボロと涙がこぼれていく。
鼻水をずずっと啜り、握った手に額を押し当てる。この熱が、愛しい弟が、もう数分でいなくなるのだ。
その現実が近付いてくる。


「イズナ、済まなかった……」

「謝らないでよ。僕は幸せだった」


はたはたと畳に落ちる音に唇を噛み締める。
マダラが泣いている。長く共にいたが、泣いているのは初めてだ。
なんとなく見てはいけない気がして私は顔を上げなかった。
声を押し殺して、唇を噛み締めて、弟を助けられなかった事実に後悔して、弱い力が慰めるように手を握り返してくるのを感じていた。


「姉さん、兄さんを頼んだ。兄さん、くれぐれも姉さんを」

「ああ、分かっている。分かっている……」

「イズナ……いやだ……」

「僕は、ずっと二人を愛してるからね」


フッと、隙間風が蝋燭の灯火を消した。
同時にイズナが息を引き取り、私は顔を上げた。
マダラは既に涙を拭い、手を布団にゆっくりと置いた。
私も涙を拭い去り、イズナの両手を胸の下で合わせるように置く。
弟の死を見たのは四度目だ。四回も見たが、ここまで安らかに逝ったのはイズナだけだろう。キズナもシズキもナバラも、家では死ななかった。


「……眼は既に馴染んでいる。明日からでもオレは出られる」

「そうか。ならば作戦を立てねばな」


懐から取り出した白く綺麗な布を、イズナの顔に被せた。
此方へやや急ぎ足で向かってくる気配を感じながら、私はまた鼻水を啜る。
襖の向こうで立ち止まったのは、うちはの使用人。一声かけて開けられた襖から冷たい風が入ってくる。


「……イズナ様が、」

「ああ」


マダラは頷いて、使用人が言わんとしている事を先読みして肯定した。
「そんな」と涙声になる使用人の声を背中に受け、私は背筋を伸ばす。


「すぐに火葬の準備をしろ。葬式はしない」

「ですが、」

「葬式は、親しき者の死を受け入れられない子供に、死を言い聞かせる為の儀式だ。故に行う必要はない。……もう“ここ”に子供はいない」


私もマダラも、随分と嫌な大人になったものだ。

有無を言わせぬ声色で命じれば、短い返事と襖の閉まる音が聞こえた。
マダラはゆっくり立ち上がり、足音を立てずに襖に手をかける。


「いつまでいる」

「火葬が終わるまで側にいるが。マダラは寝た方がいい。もう直ぐで寅の刻だ。朝日を浴びる前に寝床に入れ」

「……無理はするなよ」

「無理は、出来る内にするもんだ」


心も体も満身創痍だ。私自身にもう戦う意思はない。
だがマダラはまだ戦う意思がある。眼を託したイズナにも、千手を討つ意思がある。
だったら私はそれについていくだけだ。イズナの眼を腐らせはしない。


2017.04.19