(75話++)
もうすぐで日付が変わるってのに、一体何の用か。
部屋着にカーディガンを来て、裏口からポッポタイムを出る。遊星さんにバレる訳にはいかない。遊星さんだけじゃなく、ジャックやクロウにもだけど。
少し人目のつかない場所まで歩き、辺りを見渡す。
本当に……なんの用だ、全く。
聞こえてきたエンジンの音に振り返る。こんな音、なかなか無いからすぐに誰かわかる。
タイヤの擦れる音と共に停まったDホイール。それに跨がる男にため息を吐きながら近づくと、無言でヘルメットを押し付けられた。
「乗れ」
「あのねプラシド。私、もう寝るじか」
「黙って従え」
「……」
……知ってたよ。言ったって意味なんかない。
また何度めかのため息を吐いてヘルメットを被る。
プラシドの後ろに乗って、お腹に腕をまわす。
何故か少し笑った気がしたが、突っ込むと機嫌が悪くなるのは目に見えている為なにも言わないでおく。
……どうしたんだろう。普段ならこんな事しないのに。
無言のままプラシドがDホイールを走らせる。
いつもなら不機嫌に口汚く乗用車がどうとか人間がああとか文句を言いながら走る癖に、今日は何も言わず。
ちょっと不気味だなと思いながらも、しっかり掴まって到着を待つ。
風に曝される素手に、時々プラシドの片手が重ねられて更に驚く。
……ルチアーノ、こいつになんかしたのか?
「……着いたぞ」
Dホイールが停まり、プラシドの背中に押し付けていた顔を上げる。
下りて周りを見渡して分かるのは、ここがダイダロスブリッジの下だということ。
なんの意図があってこんな場所に連れてきたんだ。意味が分からないとプラシドを見ると、彼はヘルメットを脱いで顎で前方を指した。
なにがあるかとプラシドが指した方を見ると、遠くにシティの街並みが見えた。
「……きれい」
大きな川を挟んだ向こう側。
大小様々なビルと、鮮やかな光の数々。みなもに映る輝きも含め、その景色に魅入った。
「……でもなんで?」
「ただの暇潰しだ」
「そう、なんだ」
暇つぶしで私の相手をしてくれるなんて嬉しいな。
まさかこんなに綺麗な景色を見られる場所があるとは思わなかったし。穴場を見つけられてラッキーだ。
Dホイールに近づき、プラシドの横に腰を下ろす。「なんの真似だ」とプラシドが此方を睨んだが、気にしない。
少し寄りかかるように身体を倒すと、そっぽを向いて舌打ちをした。
「ありがとプラシド。……大好き」
「っ、」
私の大切なひと。ひとじゃないけど。
ホセもルチアーノもプラシドもみんな大切で、大好き。
……アポリアの為に、もっと頑張らなくちゃ。亡きパラドックスの為、どこかで頑張るアンチノミーの為……時を待つゾーンの為に。
きみのためにその瞳に籠もる感情は、寂しげにも羨ましげにも見えた。
視線の先には雰囲気の良い男女。ヒユラの監視対象と、その仲間の女。
仲睦まじい二人を見てヒユラとその隣に立つ双子が何かを話していた。
「あー、誰もデュエルしてないし超ヒマなんだけど。なんかない?」
「書類整理はどうだ。イェーガーがまた走り回っているぞ」
「絶対嫌だ。そーゆーのはイェーガーとヒユラにやらせればいいんだよ。つーかヒユラは?今日はここに来ないのかよ」
「ヒユラならここだ」
煩いガキを黙らせるようにヒユラを映すモニターを前に出す。
彼女の姿を見つけたルチアーノが嬉しそうに前のめりになってモニターを見つめていた。
『間違いなくデートですね。羨ましいです』
『羨ましい?もしかしてヒユラちゃん、遊星のこと好きなの?』
ひくり、ルチアーノの眉が寄るのが分かった。
親の仇のような目でモニターを睨みつけ、「んなわけねーだろ!」と噛みつく。
「ヒユラが好きなのは僕さ。他の誰よりも僕を愛してるに決まってる」
「ガキめ」
「なにさ。プラシドお、あんた自分で理解してる?めちゃくちゃ眉間にシワ出来てるよ!ヒャハハハ!」
「黙れ!」
「黙るのはお前だプラシド。全く……ヒユラが関わるとお前達はロクな事を言わん」
クソ。
罰が悪くなり、俺はモニターから目を外した。
煩いガキとジジイのせいで気分が悪い。
『尊敬してるという意味では好きですよ。とても素晴らしい人ですし。でも恋愛対象かと聞かれると、違いますね』
不動遊星を好きだと言ったヒユラにも腹が立つ。
ヤツは敵だぞ。あいつは何を考えている。
「……ヒユラ、なんか元気なくない?いつものウザさを感じないんだけど」
「ルチアーノにはそう見えるか」
「まあいっちばんヒユラと居るし、ヒユラの変化はすぐに分かる自信あるよ。……あいつ、何を羨ましがってんだろ」
やはりか。
椅子を立つと二人の視線が此方に向いた。
どこに行くのさ、などというルチアーノの問いを無視して向かうはセキュリティの長官室。
突然現れた俺に驚いたドングリピエロが資料を散らしながら此方を向く。
「おい」
「ひぃ!なんでしょう!」
「二時間で近場の絶景スポットを調べろ」
「は……絶景、スポット?」
「なんだ。早くしろ」
「はい!ただいま!」
慌てふためきながら長官室を出て行くドングリピエロ。
その背中を扉が閉まるまで見詰めながら、ぼんやりと頭に浮かぶワード。
“あいつ、何を羨ましがってんだろ”
ヒユラの視線、その先の風景。会話の内容。
複雑そうな表情と仕草。
あれには酷く見覚えがあった。
古い記憶だ。“俺”になる前の記憶。
ノイズ混じりの灰色の景色。
「……デート、と言ったか」
深い意図などない。ただ気の沈んだままでは作戦に支障が出かねない。
リスク回避の為にも、こうした事は必要だ。
飴と鞭を使い分けてこき使わなければ、人間は簡単に壊れてしまう。
ヒユラは大切に扱わなければ。壊して困るのは俺だけではないのだから。
2016.12.26
戻る