日が沈んだにも関わらず、街には子供が出歩いている。 小さな子から私くらいの子、更に私よりも年上かなって思うくらいの子も。 みんな楽しそうに歩いている。 そんな彼ら彼女らと私の共通点……それは。
「……今年もか。トリックオアトリート」
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラするぞおぉお!」
仮装である。 今日はハロウィン。 お店や街の装飾は、ハロウィンチックなものばかり。 ジャックオーランタン、蝙蝠とか、後はカラフルなお菓子。 子供達の仮装は、よくある魔女や狼男、フランケンシュタインやゾンビ。 ありきたりで面白みに欠ける。 だが私は違う……他とは一線を引いた素晴らしい仮装だ。
「また手抜き仮装か。お菓子が欲しければもっと手の込んだものにするんだな」
「えー」
私の仮装したものは、ズバリ簡易お化けである。 去年使った覗き穴を二つ開けて被ったあのシーツに、新しく口用の穴も開け鼻眼鏡を追加。 更にシルクハットまで被って、紳士なお化けの完成。
足首までの長さのシーツをまくり、お菓子を回収する為のカゴを突き出す。 早くお菓子を入れろと急かすと、隼はため息を吐きながらアメ玉をひとつ入れた……ちょっと待てや!!
「なにこれ!?アメちゃんひとつとかケチくさい!」
「文句を言うな。お前の仮装を評価した結果、その対価がアメ玉ひとつになっただけだ」
「やだー!私知ってるよ!瑠璃がハロウィン用にってカボチャマフィン作ってるの知ってるんだから!」
「……そんなものは無い」
「しかも私用にってデコレーションしてあるヤツがあるのも知ってるよ!呟いたーに上げてたし!」
「瑠璃……!」
瑠璃の呟いたーを監視するのが日課の私に抜かりはない。 彼女は昨日『明日のハロウィン用に』と出来上がったカボチャマフィンを六つ、呟いたーに上げていたのだ。 その中には、他よりも可愛くデコレーションされたものがあり、『一番可愛いのは兄さんの恋人用なの』と……むふふ。 思わずにやけたよね!
何故か悔しそうにしている隼に、再び「お菓子ちょーだい!瑠璃のマフィンもね!」と言う。 まだアメ玉ひとつしか入っていないカゴを振りながら急かすと、隼は黙ってリビングへ向かっていった。 全く……最初から素直に渡せばいいものを……もう少し遅かったらイタズラを執行する所だ。
リビングの奥から出てきた隼の手に乗るものを見て、私は目を輝かせる。 彼の両手には、瑠璃のマフィンだけでなく美味しそうなパイも乗っていたのだ。
「ほら、持って行け」
「わーい!ありがとう!」
マフィンを大切にカゴにしまい、パイを受け取ろうと手を伸ばす。 だがそれは指先を掠る事なく隼に遠ざけられてしまう。
「名前、ひとつ忘れてないか」
ひょいっと軽々避けられ、なかなかパイに触れられない。 なんのつもりだよと私がパイに飛びかかろうとした直前、隼の綺麗な手が私の顔を抑えた。ちょっ……。
「“トリックオアトリート”。先に言ったのは俺だ」
「えっ」
「渡せる菓子がないのなら、」
隼の手が退けられた直後、顔につく柔らかな感触。 開いていた口から中に入ってくる甘い生クリーム。顔中を圧迫するフワフワのスポンジ。 これパイじゃないのかよ。 ケーキじゃん。重ねたスポンジに生クリーム塗ったただの甘いパンじゃん。
「イタズラだ、名前」
「や、やられた」
ズルリとプラスチック製のお皿が落ちて軽い音を立てる。 続いて落ちたスポンジと生クリームは、簡易お化けのシーツをベタベタに汚してくれた。
「ふっ……ベトベトだな」
「お前のせいでな!」
一回帰ろうかな……こんな状態で歩き回るなんてことしたくないし。 シーツも鼻眼鏡も洗うの大変そうだ。 カゴをシーツ内に戻し、足首まである裾をなおす。 「着替えてくる」とだけ伝え、隼に背中を見せた。
「おい、名前」
「なに?」
振り向いた瞬間、生クリームと鼻眼鏡が覆っていた視界が晴れて、呆れ顔の隼が見えた。 彼の顔が近づき、そのままクリーム塗れの唇に触れる。 すぐに離れた唇は、少し生クリームがついていた。
「思ったよりも甘くないな」
「そ、そうだね……」
今年のハロウィンも甘いものが貰えた。 私は貰ってばっかりだな。
2016.10.24
「君と12ヶ月」のハロウィン回の翌年にした。
|