深海王とボロス
※ネクロマンサー夢主
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ひどい夢を見た。滅多にかかない汗を全身に滲ませるほど、現実味があって恐ろしいものだった。
息を飲みながら起き上がる午前三時。隣にいるサイタマ先生は大きないびきをかいて眠っている。閉め切られたカーテンの向こうからはなにも聞こえてこない。
落ち着くために水を飲もうと思い、先生を起こさないようゆっくりと布団を抜け出して台所へ向かった。
コップを手に取り、静かに水を注ぐ。それをいっきに飲み干して一息。ふと、左手に鎖が巻かれているのが見えた。
『不安そうな顔ね』
「……ちょっと、悪い夢をみてしまって」
深海王さんが冷蔵庫に寄りかかってこちらをみていた。まだしっかりと鎖が巻かれているということは、私にそれを維持する体力があるってことか。最近は身体を鍛えているので、体力も少しだけ身についたらしい。
『あらゆる怪人を目にしても恐がらない貴女にも恐いものはあるのね』
「ありますよ、当然」
『例えば?』
コップを持つ指に力がはいるが、私程度の握力ではガラスは割れたりしない。
たとえば、なんてそんな問い。少しだけ悩むように下を向く。『答えられないの?』と追い討ちをかけるような声。
「……恐いものはたくさんありますよ。それこそ、深海王さんも恐かったです」
『ふうん』
「会ってきた怪人さんはみんな恐いです。生きているということは、私が太刀打ちできないということ。私はとても弱いので、生者相手にはなにもできないんです」
『そうね』
死者ならば私の思い通りだ。意思を縛って駒にもできる。今の深海王さんのようにある程度自由にさせることもできる。
彼らの力は大きく制限され、私が贄(髪など)を与えなければ本当になにもできない。現世にあるものに触れたりできず、生者にも当然触れられない。
だからこそ私は生きている者の全てが恐い。
『それは今さっき貴女がみた夢と関係あるのかしら』
「……まだ聞きます?」
『気になるもの』
「ありきたりな夢ですよ。……サイタマ先生と敵対する夢をみました」
『へえ。詳しく聞いてもいいかしら?』
「私の意思を無視して身体が動いて、無作為に死者を引き上げてサイタマ先生にぶつけてました。先生はすごく余裕でしたね。簡単に退けてました。最後には……倒されました」
やめたくても身体が勝手に動いて、苦しくても死者を引き上げ続けた。贄として死者へ渡すために、血が出るほど髪を毟り、爪を剥がし、最後には片目と片腕をやった。片目と腕を渡したのは誰だったか。大きな背中と靡く髪は覚えている。白い身体と、驚異的スピード。唯一、サイタマ先生といい戦いをした死者。あんな死者、引き上げたことあったかな。
「名前……? 名前どこ行った?」
サイタマ先生が起きてしまった。すぐに台所から顔を出すと、ホッとしたように少しだけ表情が緩んだ。
「びっくりするだろ」
「ごめんなさい。今戻ります」
「なんかあったか?」
深海王さんの前を小走りで駆け抜け、布団に戻る。
サイタマ先生が心配そうに首を傾けるが、私はそれに「ちょつと喉が乾いてしまって」と返すだけ。
貴女と敵対して最後には殺される夢をみましたなんて言えるわけがない。けど、ひとつだけ気になって、サイタマ先生なら知ってるかなと思い、聞いてみることにした。
「先生。先生は今まで戦ってきた怪人さんのことを覚えていますか?」
「モノによる」
「ええと……白っぽい身体で、筋肉すごくて、髪が長くて、すごいスピードで動ける……そんな怪人さんのことは記憶にありますか」
「ボロスしか思い浮かばねーな」
「ボロスさんですか」
「あ、名前は知らないんだっけか。ボロスってなんかすげえ力あってさ、フルパワーになるとお前がいつも見てる姿とは全然違うもんになるんだぞ」
「へえ……」
じゃあ夢の中の私は、サイタマ先生に対抗しうる最後の手段としてボロスさんを出して、彼へ片腕と片目を捧げたのか。どれだけ私は彼を信頼しているのだろう。なぜこんなにも贔屓してしまうのだろう。よくわからないや。
「見てみたいなぁ」
「やめろよ?絶対にあんだけのパワーが出るほど髪とかやるなよ?面倒な事になるのは目に見えてるからな」
「はーい」
布団に寝転がると、先生が頭を撫でてくれた。「おやすみ名前」。そんな穏やかな声とともに撫でられてしまえば、あっという間に意識が沈む。
明日はボロスさんを呼んでみよう。なんとなくそう思った。