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有栖川帝統
※夢主死ネタ
※モブ視点
※診断メーカーより【「あの子になりたい」で始まり、「永遠なんてない」で終わる物語。
https://shindanmaker.com/801664】

▼1:窓越しの

あの子になりたい。どんな髪型も似合っていて、メイクはナチュラルなのに充分綺麗で、服装は清楚、仕草も大人しくて上品な、あの子に。

名前さんは同じ大学に通う先輩で、同級生だけじゃなく後輩にも慕われ、卒業した先輩には可愛がられ……常に人が集まるような人物だ。
優しくて頭もいい。でもちょっと抜けている部分もある。
少女漫画の主人公みたいで、彼女には嫉妬心なんて抱かなかった。接するだけで感じるのだ。この人には勝てないと。
あたしにはないものがたくさんあって、でもあの子にしかないものもたくさんあって、比べるだけで虚しくなる。
名前さんはあたしが見てきた“憧れ”そのものだった。窓の向こう、グループに囲まれて笑う、その清らかな姿。


▼2:こころ射抜く

渋谷へは頻繁に通っていた。今日は友達と来る予定だったけど、用事ができたとドタキャン。仕方ないとは思っているけど、ひとりで歩くのは少し寂しかった。
目当ての服とコスメを買って、さぁ帰るぞと駅へ向かう途中のことだった。名前さんがいた。それだけ聞くと“で?”と言われそうだけど、これには続きがある。
名前さんが、男といた。ただの男じゃない。あたしが渋谷に来るたびに必ず見かける変な男だ。髪の色やファッションは突っ込まない。渋谷じゃ奇抜なファッションなんて日常で常識。なのになぜあたしがあの男を変だというのか。それはひとつ。
パチンコ屋から泣きそうな顔で出てきたり、ホームレスのおじさん達とやけに仲が良かったり、大正を感じさせるような服装のお兄さんにお金を貸してくれと泣きついているところを見たりと、まともな瞬間を見たことがないからだ。
彼を知る人曰く、ギャンブル大好きでギャンブルのためなら命すら賭けるようなやつ。そんな男と名前さんがどうして……。

「こんにちは、有栖川くん」

「お、名前じゃねーの。来ると思ってたぜ」

「もう、また携帯料金払ってないでしょ。電話しても繋がらなかったもの」

「まぁな!」

「得意げになるんじゃありません」

態とらしく腰に両手をついて怒る名前さんが、変なところで得意げになった男の額へデコピンをお見舞いする。有栖川くんと呼ばれたその男は嬉しそうに笑いながら「いてて」と呟いた。
……な、なんであたし、隠れて2人の会話を聞いてるの。馬鹿じゃないの。なんで、なんで。

「そうそう、今からメシ行かね?今日、勝負に出た4パチで30連チャンしてさ、久しぶりに財布が潤ったんだよ!奢るから行こうぜ!」

「ううん、私も払うよ。だって今日の勝ち分、文字通り有栖川くんの生活費でしょ?」

「いいんだって!気にするなよ、俺とお前の仲だろ?」

俺とお前の仲……2人はそんなに仲がいいのだろうか。というか、どんな仲なんだ。
耳をすませばどんどん聞こえてくる会話。楽しそうで、お互いがお互いを想っていることが伝わってくる。
隠れていた物陰から顔を覗かせた瞬間、目に焼き付いたのは有栖川くんとやらの笑顔だった。もともと顔立ちは整っている。そんな彼の無邪気な笑顔に、馬鹿なあたしは奪われてしまった。視線も、心も。


▼3:決意さえ

無邪気な笑顔が忘れられなかった。見た目も雰囲気もワイルドなのに、あんな少年みたいな笑みを見せるなんて反則だ。あたしの心はいとも簡単に射抜かれてしまった。
彼の名は有栖川帝統くん。住所不定無職のギャンブル好きで、渋谷では有名な人らしい。

彼に振り向いてもらうには何をすればいいのだろうか。
そう考えた末に出た結論は単純なもので、単純だけどとても難しくて繊細だ。
貯めてきたバイト代を少しずつ削って、長い時をかけて少しずつ“あたし”を整えていく。夏休みになるとそれも大規模なものになる。
ナチュラルメイクもしっかり覚え、服の趣向も今までとは真逆のものになり、姿見と向き合って仕草の確認をして、自然になるように心がけた。

そして遂に完成した。“あたし”は“私”になった。


▼4:世界はとても

名前さんも夜道を一人で歩いたりするんだな、なんて当たり前の事に少し驚いていた。名前さんの周りには常に誰かがいて、名前さんは常に誰かと笑っているから。
振り下ろした石を近くの草むらに投げ捨て、倒れた名前さんの脚を掴んで移動させる。
できるだけ長い間、誰にも、何にも見つからないようにしたい。でもあたしは馬鹿だから、原始的なことしか思いつかなかった。
この日のこの瞬間のためにと予め用意しておいた穴に名前さんを落とし、土をかけて埋めていく。まだ息はあるだろうけど、すぐにそれもなくなるだろう。

「名前さん、私、有栖川さんのこと好きなんですよ」

夏休みが明けると、後輩も先輩も同級生も私に注目した。まるで名前さんみたいだって口を揃えて言った。名前さんは困ったように笑っていたけれど、私が“好きが高じた結果です”と適当なことを言えば渋々という風ではあったが納得し、何も言ってはこなかった。
あたしがこれだけ変わっても名前さんの態度は変わらず優しく、それがまた気に食わなかった。
有栖川さんと一緒にいるところに“偶然”あたしが遭遇しても笑顔で受け入れてくれて、有栖川さんにあたしを紹介してくれたりもした。
名前さんのことが好きだと話題になっていた学年で一番のイケメンがあたしに告白してきても何も言わなかったし、寧ろ逆。すごいねと褒めてくれたりもした。
どうしてかわからなかった。これだけ容姿もファッションも真似されてイラつかないなんて、これだけ好意を奪っても悔しがらないなんて。その理由(わけ)が、やっとわかった気がする。

「あなたには有栖川さんがいればいいんだ。有栖川さんが褒めてくれるから、有栖川さんが好きでいてくれるから、大学の連中のことなんてどうでもいいんだ。そうなんでしょ」

綺麗な顔を覆う土。腹いせに転がっていた大きめの石を投げつけてやった。


▼5:愛故と

「おまたせ、有栖川くん」

桜が咲き乱れる渋谷の公園の一角。ベンチに横になり、暇そうに携帯を弄る青い髪の彼に声をかけた。
彼は警戒心のこもった鋭い瞳をこちらに向け、私を捉えるとハッと目を見開いて起き上がる。

「名前……去年の夏休み以来じゃねえか。携帯も繋がらねえし心配したぜ」

彼が腰掛けるベンチに近づくと、座れよと隣まで誘導される。お言葉に甘えて彼の隣に腰を下ろすと、有栖川くんは躊躇いがちに私の手を握ってきた。

「マージで心配してたんだ。でも俺、電車の乗り方知らねーし切符買う金もねーし、携帯の金も殆ど払えてねーから連絡もとれねーし……なんつーかその、生きてて良かった」

「もう、勝手に私を殺さないでよ。ひどいなぁ」

「悪かったって!」

無邪気に笑い、私の手を握ったまま立ち上がる有栖川くん。彼は「メシ行こうぜ」と私を引っ張り、私はそれに「今日は奢らせてね」と返す。
公園を出て、いつも向かうファミレスへの道を行く。通り過ぎたスクランブル交差点を囲うように建つビルのモニターには、真面目そうなニュースキャスターが映っていた。

『先日見つかった遺体の司法解剖の結果、死因は生き埋めによる窒息と判明し──』

有栖川くんの手を握り返し、私は全速力で走る。彼はすごく驚いていたけれど、ノリが良いのですぐに私と走る速度を合わせてくれた。
あぁ、逃避行。何も知らない彼と、なにもかも知っている私の逃避行。

「そういやさ、名前。なんかお前、背ぇ低くなったよな。あと声もちょっと変わったか?」

あの頃のあの子の幸せも、今の私の幸せも、いずれ終わるし消えるし、永遠なんてない。