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【 それはストーカーっていうんだよ 】
※本編後


「風陣カイトを見つけた。現在、衛星のカメラをハッキングして追跡中」

「おま……なにやってんの?」


神威島を離れてからかなりの月日が過ぎた、そんな春と夏の間の季節。
私はバン兄ちゃんのコネで知り合った宇崎拓也社長とその他たくさんの大人達のもとで学び、ぐんぐんと力をつけていた。
教師になるためにいっぱい勉強して、LBXも欠かさず特訓して。
毎日忙しくも楽しい時間を過ごして居たときに……ミゼルが冒頭の台詞を放ったのだ。


「どうする?会いに行くかい」

「行きたい。私、騒動が終わったあとに風陣くんと話してないし」

「決まりだね。じゃあ準備して。一泊分の着替えと、道中に潰せるテキスト。それから……」

「え、まって。なんで?」

「風陣カイトの家は、所謂ド田舎にある」

「え」


◆それはストーカーって言うんだよ。


翌朝。一時間に一本。悪天候などの条件がつくと二時間に一本になるバスを乗り継いでやってきたのは、とんでもない山奥の小さな……町、かな?
村と呼ぶにはそこまで過疎化してないし、街って程いろいろとあるわけではない。まあそんな町だった。

シンプルに、それでもガーリーな私の服はアミちゃんのお下がりである。
ミゼルはヒロさんから貰ったというパーカーのフードを深く被り、その上から更にキャップを被っている。
バスの運転手さんにかなり怪しまれた。

到着した町はとても自然に囲まれていて、見渡すと所々に広い畑が見えた。
空気がとっても美味しい。澄んでて、緑の匂いもする。


「こっちだよ」

「わかった」


先を歩くミゼルに続いて歩き出す。
私の知る田舎とまんま同じの景色だ。
花が揺れ、蝶が踊り、人々は助け合いながら生活する。
時々すれ違うご老人に挨拶すれば、少し驚いたように目を見開いて、それから挨拶を返してきた。


「見えてきた。ここだよ」

「はえ〜……意外だなあ」


目の前には、立派な平屋。ザ・日本家屋って感じ。
でもどこかボロボロ……?ちょっと古いような気がする。築50年とか言われても余裕で信じるレベル。むしろ50年なわけねえだろって返答するレベルのボロさ。

ドアの前に立ってチャイムを鳴らすと、ピンポーンと綺麗な音がこちらにも聞こえてきた。
出て来たのは明るい群青色の髪を束ねた女性。どうやら風陣くんのお母さんみたいだ。


「あら?あなたは……」

「槙那アユリと言います。こっちは友人のマーシャル。突然すみません、連絡もなしに」

「いいえ。ええと……カイトのお友達かしら?」

「はい!風陣くん、居ますかね?」

「裏に居るはずよ。どうぞ、行ってみてちょうだいな」

「すみません。ありがとうございます。失礼します」


風陣くんのお母さんは「ジュースあったかしら」と呟きながら扉を閉め、私はミゼルと共に風陣くん宅の裏に向かった。

ちなみに“マーシャル”とはミゼルの偽名である。以前、こうして名乗りが必要な時にパッと浮かんで、それからはずっとマーシャルの名を使っている。

お家の裏には、広々とした畑が広がっていた。
その中央に立つ、青いツナギを着た背中。
首にタオルをかけ、麦わら帽子を被り、軍手をした手にはクワが握られている。
あの時と変わらない三つ編み。


「風陣くん!」


振り向いた彼の表情の変わりように笑った。





「で?犯罪を犯してまでボクに会いに来た理由って?」

「人聞きの悪い事を言わないでくれるかな。僕がハッキングしたのはタイニーオビットの所有する衛星だ。宇崎拓也にも許可はとってある」

「じゃあコソコソ後を追ってきたのはどうして?これはストーカーじゃないのかな?」

「こんなのがストーカーとしてカウントされるなら、僕はなんなの?アユリを毎日追いかけてる訳だけれど。勿論気づかれずに」

「ちょっと待てミゼル。今なんて?私のあとをつけてきてたの?」

「そうだよ。ベクターでね」

「なんで!?」

「心配だからに決まってるじゃないか」

「ええ……」


ミゼルはいつも私の知らないところで色んな事をする。
犯罪ギリギリのこととか、仕事に全く関係ないことまで全て。

呆れた、とでも言うように大きく深いため息を吐いた風陣くんには苦笑いしか出て来ない。「キミって案外、大変な思いをしてるんだね」ええまあ、としか返す言葉がない。


「それでキミ達、本当にただボクを見かけたから会いに来たってだけなの?」

「そうですよ。それにしても意外ですねえ。風陣くんは超都会の高層マンションの最上階に住んでそうなイメージがあったので」

「田舎臭くて金蔓にもならないって?」

「そんな事考えませんよ。ただ……」

「ただ?」

「風陣くんは凄く格好良くて、雰囲気がとても高貴だったから。髪の毛の手入れも肌はもちろん綺麗だし、仕草やマナーも優雅で育ちの良さが滲み出ていて」

「口を開けば皮肉ばかりだけどね。性格を除けば完璧だ。僕もキミは俗に言う“金持ち”に分類されると思っていたよ」


……なにか変な事を言っただろうか。
風陣くんが麦わら帽子を深くかぶって俯いてしまった。
ミゼルと顔を見合わせるが、彼も肩を竦めて首を傾げる。
ちらりとのぞき込むと、爽やかな薄い群青色の髪とは正反対の色を顔に浮かべていた。


「アユリ、彼の母親を手伝ってきて」

「わかった。風陣くん、家に上がらせてもらうね!」

「……勝手にすれば」





ボクの母親と楽しげに話す槙那アユリの姿を見ながら、また深く麦わら帽子を被った。


「アユリは煽て褒めるのが上手い。惑わされちゃ駄目だよ」

「……うるさいよ」


全く、これっぽっちも、彼女の言葉に惑わされてなんかない。照れてない。絶対だ。
声を出さず肩を上下に揺らして笑うミゼルが恨めしい。


「それで、風陣カイト。キミはこれからどうするつもり?テロリストに加担して経歴に黒い点をつけたんだ。就職先なんて見つからないだろう」

「……ああ、全くね。でもボクは後悔してない」

「そうかい」


緑を駆け抜ける涼しい風が髪の毛を揺らす。
……懐かしい風景だ。
同じ寮、同じ学年。色々あって同盟を組み、親しくなった。親しくなったのはボクと彼女じゃないけれど。
とても懐かしい風景だった。
いつも態度が堅く、殆どの人間相手に敬語を使い、めったに娯楽室へ来ない……そんな変わった子。


「……さて、そろそろ僕らは行くよ」

「あの荷物の量から察するに、泊まっていくつもりだったんじゃないの?」

「今さっき仕事が入った。アユリを置いていく訳にもいかないし、帰るよ」


立ち上がるミゼルが槙那アユリの名を呼んで近づく。
泊まるんじゃなかったのか。まあ当たり前だよね。急に来て泊まらせて貰えるなんて思わないで欲しい。……残念なんて微塵も思ってない。

身支度を終えた槙那アユリ達が母に挨拶をした。
母さんに「送ってきなさい」と言われ、面倒だけど頷いて立ち上がる。
送るよ。門までね。
家の門まで来ると、二人が振り向いた。アユリに何故か握手を求められ、仕方なく応えてやる。
ニコニコと嬉しそうに笑うこんな平和ボケした子が、裏側の世界を通して世界を救ったなんて誰が思いつくだろう。
そしてその隣に立つ青年が、かつて世界を混乱に陥れた存在だなんて、誰が考えつくだろう。


「それじゃあ風陣くん、お邪魔しました。またいつか機会があればよろしくお願いします!」

「お邪魔しました」

「ああ本当に、仕事の邪魔をしてくれてありがとう」

「あはは……」


アユリが一礼し、ミゼルがさっさと歩き出す。
そるな彼に驚きながら、アユリが「また、どこかで!」と笑った。
勘弁してほしい。「ボクは二度と会いたくないよ」そう言うと一瞬だけ傷付いたように表情を歪め、すぐに苦笑いした。
ミゼルに呼ばれてしょんぼりと歩き出すアユリがなんだか可哀想になって、別に言い過ぎたとかは思ってないけど、一応……。
名前を呼べば振り向くキミ。作り笑いが下手なキミ。


「またね」


そんなキミにボクは、あの戦いの中で。


「は、はい!風陣くん、またどこかで!」


“「じゃあ遠慮なく」”。
本当の残酷さを見た。
あの明るい笑顔の裏にある姿は、きっと隣のテロリストの影響だろう。
そんな邪悪な面を押し込めて、大人へと成長していくキミの姿に眩む。
ボクはずっとあの戦いの日から、成長出来ずにいるから。あの島に全てを置いてきてしまったから。

二人の背中が遠くなる。そろそろ畑仕事に戻ろうかと振り返った時だった。
聞き慣れた郵便局員の若い男に呼ばれ、一通の手紙を受け取った。
……一体、誰から。


「……これは、」


送り主の名前に目を見開いた。
“神威大門統合学園副学園長 法条ムラク”。
ボクになんの用か。今更、なにを言うつもりなのか。
やけに高級そうな封筒を開け、ボクは漸く最初の一歩を踏み出す。


2016.07.27
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