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【 深淵へと堕ちる命 】
「これが世界を一つにする手段だってのか、セレディさんよォ」

LBX塚の裏にある森。その中の大木の枝に腰掛け、木の葉に隠れながらLBXを修理する青年がいた。

「ここの生徒はただの兵士……いや、道具に過ぎないって事か。実にアンタらしいよ」

棒付きのキャンディーを口の中で転がしながら、器用な指先が細かな調整をしていく。

「けどよ、巨大な象が一匹の蟻に負ける事だってある。そいつを忘れてないか?セレディ」

ニヤリと笑う彼の表情はとても楽しげだ。
クツクツと笑う声は、風が揺らした木の葉の中に消えていった。

そして同時刻の校庭。
セカンドワールドへ入ろうと時計台に向かっていたセレディと、付き添いの綾部。その背中に声をかけたのは、ジェノック第二小隊隊長の磯谷ゲンドウだった。

「……若旦那様」

振り向いた綾部が意外な人物の登場に微かに目を見開いた。
気まずそうに視線を逸らす綾部に目もくれず、セレディは「我々の仲間に入りたいのですか?」とニコリと笑う。

「アンダーバランスだか何だか知らんが、それを手に入れたから世界を転覆できると考えているとは、小さい奴だ」

ピクリ、とセレディの眉がヒクついた。

「世界はお前が思っているよりも賢い。戦争が否定されるべきである事はとっくの昔にわかっている」

「……」

「だが主義や主張はぶつかり合う。それを武力で解決するのではなく、平和的な方法での解決を目的に作られたのがセカンドワールドの筈だ。そんな事もわからないのか」

セレディは瞳を閉じて肩を揺らした。「普段無口な君がえらく饒舌ですね」と上品に笑い、隣に立つ執事の男を見た。

「もしかして自分を裏切った綾部を前にして、なにか思うところがあるのかな?」

面白そうにそう言い笑うが、ゲンドウは表情を崩さない。
セレディの言葉には何も返さず、綾部を見つめて「済まない」と突然謝罪をした。

「常にお前の側にいたにも関わらず、俺はお前の気持ちを理解してやれなかった。主人として失格だ」

驚きに目を見開く綾部。
それはセレディも同じだった。

「確かに、お前と俺の関係は偽物だったかもしれない。だが、お前と共に歩んだ年月と思い出は本物だと信じている」

「わ、若旦那様……」

綾部は一度俯くと静かに歩き出し、ゲンドウに近付いていく。
セレディは眉を寄せ、低い声で「どこへ行く?」と問いかける。
綾部はゲンドウの前で立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「クライスラー閣下。わたくしは此処までかもしれません……」

「なんだと?」

「戦場で閣下と初めてお会いした時、わたくしはあなた様の掲げる理想に共鳴し、全てをあなた様に捧げる覚悟をしました」

綾部は俯きながら、拳を握りしめてひとつひとつ言葉を噛み締めるように言った。

時を重ね時代と共に人の変遷を見ていく中で、閣下は少しずつ機械の体となっていき、気づけば今の少年のような姿となっていた。

「かたやわたくしは老いるばかり。だんだん、わたくしは生きる事に虚しさを覚えるようになっていきました。そんな時です。磯谷財閥への潜入任務が下ったのは」

磯谷家の財産と権力を利用する為の重要な任務。
初めは任務遂行しか頭になかった。

「しかし、若旦那様のお世話を仰せつかってから……まだ赤ん坊だったゲンドウ様を抱きかかえたその時から、全ては変わったのです」

小さく、懸命に生きる温かな命。
それを両腕に抱いた時、綾部は全ての価値観が変わったと言う。
ゲンドウはもちろん、セレディも驚き、綾部を静かに見詰める。
セレディは溜め息を吐き、「そうか」と長い上着に右手を入れた。

「ならば、君にはもう価値がない」

向けられたのは小型の拳銃。
声を出す暇もなく引かれた引き金。響く発砲音。うずくまる綾部。
倒れ込む綾部を支えてセレディを睨むゲンドウ。

「セレディ!貴様!!」

優雅な動作で拳銃を仕舞ったセレディは、変わらぬ微笑みを浮かべていた。

「閣下、わたくしはこの五十年あなたに仕えてきた。あなたが正しいと思って……。だがこれは違う。正義ではない」

「……」

「なにも知らない少年達に戦いを教え、いくつもの戦場を渡り歩いてきた。それも此処で終わりです。もう既に、時代は我々のモノではない」

綾部の言葉を振り払い、セレディは時計台の隠されたスイッチを押してセカンドワールド内に入って行った。
残された二人に降り注ぐ柔らかな太陽の光。
もう少ない命を振り絞り、綾部はゲンドウの、主人の姿を目に焼き付けていた。

「……若旦那様、」

「綾部!死ぬな!」

「いいのです。これは報いなのです。全てを偽って生きてきたこのわたくしへの……、」

ガハっと吐血し、白いシャツに滲む赤。
重くなる目蓋に抵抗すること無く、ゆっくり落ちていく意識。
目を開けろ、死ぬな、そう何度も語りかけるゲンドウの声が遠くなる。

「……まさか、ゲンドウ様に抱きかかえられる日がくるとは……なかなか、感慨深いものですな……」

深く、落ちる。
太陽の光を背に浴びた主人の姿が、嘗て忠誠を誓った男に重なる。
安らかな表情で息を引き取った綾部を何度も何度もゲンドウは呼び続けた。いつの間にか流れていた涙が血の滲むシャツに別の染みを作っていく。
そんな彼らを、校舎の陰からカイトが見ていた。

2016.06.13
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