講堂を覗くと、運動用のマットを敷いてそこに座って作業していた。
どこかで一度ミゼルと話したいな。最後に話したのは今日の朝。いつもなら宿題を手伝って貰っている時間だ。ミゼルと話せなくて少し寂しい。
校舎裏にでも行くかと足を進めると、「アユリ」と呼び止められた。
「ちょっといいか」
アラタだった。
「いいよ」
彼に連れられて学校を出る。
とぼとぼと何も言わないアラタについていき、到着したのは学園の裏にある浜辺。
月が登りきった澄み渡る夜空の下、二人で砂浜を歩いていた。
「明日はちゃんと命令通りに動かないとな」
「え、あ……そうだね」
「疲れてんのか?ま、今日は色々あったしな!」
そこ座ろうぜ。
アラタが振り向いて指差した先にあったのは、上手い具合に二つ並んだ岩。
それに腰を下ろし、小波の音を聞きながらアラタの声に耳を傾けた。
「アユリ、今日すっげー走り回ってなかったか?」
「見てたの?」
「気付いたら見つけてた。晩飯運んでるの見たら、次は寝袋だろ?あとはお使いも行ってたし、休憩してるメカニックに肩もみとかして……」
「も、もういいよ。そんなに見られてたんだ……知らなかったなあ」
ニカッと笑う表情につられて私も笑う。
今日、そんなに動いてたんだ。動き回ってると時間の経過具合が分からなくて、いつの間にかもうこんな時間?みたいになることあるよね。
アラタは伸びをしながら「そういえばさ」と私に問い掛ける。
両手を後ろについて、楽な姿勢をとる。
「アユリの夢、まだ俺聞いてなかったよな」
「夢?」
「おう!船で聞こうとしたけど、結局教えてくれなかっただろ?」
船……あー……なんとなく覚えてるかも。
もう二か月くらい前だからな。ここに来て、もうそんなに時間が経ったんだ。
アラタの夢はLBXのプロプレイヤーになることだっけ。
「……実はさ、その時はまだ夢とかなかったんだ」
「マジで!?」
「うん」
特に夢はなかった。だから曖昧に同じようなものかなと返した。
アナウンスに邪魔されて言えなかったけど、その後には“これから決めていくつもり”と続くはずだった。
「じゃあなんでこの学園に?」
「強いて言うなら、就職に役立つからかな」
「あはは……かなり未来を見据えてんな」
「兄ちゃんにも言われた。でもさ、このご時世、LBXバトルが強いとそれだけで充分なステータスになるんだよ」
「アユリもカイトみたいな事言うんだな。あいつも就職の事言ってたぜ」
「確かに、風陣くんは言いそう」
LBXの名門校を卒業すれば、LBXの関連企業への就職が少し有利になる。
ここに来る前の私は就職に苦労したというバン兄ちゃんの友達の話に衝撃を受け、じゃあ就職に有利な学校行こうという一心でミゼルからバトルを学んでいた。
だからあの時点で夢はない。アラタから夢を聞かれた時はちょっと困っていた。
「……でも今は、夢がある」
「聞かせてくれるか?」
「うん」
こっちを向いたアラタの青い目が直視できない。
なんというか、雰囲気?今日のアラタ、すごく大人っぽい……気がする。
「私の夢は、私が知る最高のLBXプレイヤーとアルテミスで戦うこと」
「最高のLBXプレイヤー?」
「うん。アルテミスの大舞台でいつか戦いたい。それで勝ちたいの。……まあ、無理に限りなく近いけど」
世界中が彼の存在を許し、受け入れてくれない限り、アルテミスなんていう世界が注目する素晴らしい舞台に彼と立つことはできない。
“『許す事は簡単なようで難しいんだ。キミは近くにバンのような存在がいるからわからないだろうね』”
ミゼルの言葉に、幼い私は首を傾げるしかなかった。
夜空を見上げ、散らばる星々に目を細める。
小学生の頃は、ミゼルが堂々と歩けますように……なんて流れ星にお願いしたような。
「最高のLBXプレイヤー……か。アユリは、そいつに憧れてるのか」
「憧れ……なのかな。彼はすごく強いんだ。誰にも負けない力を持ってて、私の戦い方も全部彼から教わった事なんだよ」
「全部!?」
「うん。小六の時にLBX始めたんだけど、もう言葉の通り四六時中彼から教わってた」
スパルタ教育で辛かったけどね。でもそのおかげで今の私がある。
ここに来てもミゼルの力借りっぱなしの狡い人間だけどね……。
「現在進行形で頼りっぱなしなんだけど、いつか必ず私は勝つ。勝ってみせる」
今はミゼルに勝つ事が出来るなんて微塵も思ってない。
今は、だ。ここで学んで、鍛えて、私が死ぬ前に一度でもミゼルの操るオーレギオンをブレイクオーバー出来たらいいなって、そう思う。
小波の中に混じる強い波の音。
風が強くなってきた。明日は雨だろうか。
「……好き、なのか」
一層強く吹いた風に驚き、慌ててスカートを抑える。
ザァザァと揺れて煩くなる木々の葉音。更に波が崖に当たる音も重なって、静かに呟かれたアラタの声を聞き逃してしまった。
風が止み、申し訳なくなりながらアラタに「さっきなんて言ったの?」と聞いてみる。
アラタは少し俯いて首を振ると、太陽みたいな笑顔で私を見た。
「なんでもない。そろそろ戻るか。天気も悪くなって来たしさ!」
岩から腰を上げたアラタが手を差し伸べて、私はその手を掴んだ。
暖かくて私より少し大きな手が、優しく握って引っ張ってくれた。
「なんかごめんね。私ばっかり話して」
「んな事気にすんなよ。俺はアユリを知れて嬉しかったぜ。もっとたくさん知りたくなった」
握られた手が離れても、まだその熱が手のひらに残っている気がした。
2016.06.12