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◇ 少女邂逅 ◇


※出会い
─────
 母は男好きで、父は女好き。そう聞けば、誰もが良くない顔をする。されて当然だ。両親は私が幼いうちから炊事洗濯掃除を教え込み、私がそれらをひとりでできるようになれば、家に帰らず遊びまわるようになった。最低だと思う。でも私は不幸じゃなかった。だって、ひとりでいるのが楽しかったから。

 両親が離婚したのはいつだったか。小学生の頃かな。なにが原因かは知らないが、当時の日本では珍しく、親権が父親の状態で離婚が成立した。私は正直どちらでも良かったので、ママと一緒がよかったわよねとか、パパと一緒がよかったに決まってるとか、そう聞かれても、別に、としか答えられなかった。冷めているガキだったと今では思う。

 父が再婚したのは半年後だった。急に「イタリアに行くぞ」と言われ、イタリアがどこかもわからないまま飛行機に乗り、新しい“ママ”との挨拶もそこそこに新生活が始まった。
 なにがびっくりって、ママのことだよ。新しいママはギャングだった。パッショーネって組織のギャング。パパもそれを追うようにギャングになった。
 パパもママも、いいコンビになった。ふたりでたくさん成果を上げて、お金を手に入れて、幹部にまで上り詰めて、ひとつの街を任されることになった。部下がたくさんできて、私の生活はまた変わってしまった。部下の連中が学校の送り迎えとかするし、護衛と言う名のストーカーとかもしてくるし、思春期は地獄だった。全部、私を心配してのことだとはわかっていても、やっぱり無理なものは無理なのだ。

 15歳になったある日、私は将来のことを考えていた。両親はギャングだ。私も継ぐべきなんだと当たり前に思っていた。
 ポルポの試験を受けて、矢に貫かれて死ぬ思いをして、私はテイキング・オフというスタンド能力を身につけた。半径十メートル以内の、私自身より体重が軽いものを自在に操る力。攻撃にも防御にも使える万能な力だったが、完全制御にはそれなりに時間を有した。だってこのスタンドは、すごく気まぐれだったのだ。私が力を使いたくても、彼女が応えてくれなければ使えない。スタンドは心の写しと聞いた時、妙に納得してしまったっけ。

 人には運命の日がある。誰もが必ずしも、己の人生を変えてしまう出来事や出会いがある。
 よく晴れた日だった。本当に、雲ひとつない空の日。晴天。見回りをしていた私の目に、細身の青年が飛び込んできた。キョロキョロと街を見渡し、両手で重そうな鞄を持つ姿。一瞬で観光客とわかり、観光客が当たり前のようにくるようになって、この街も活気がでてきたなぁなんて考えたっけ。
 しばらくその青年を見ていた私だが、なんだか彼がとても危なっかしく思えてきて、この街を知り尽くしている人間が少しでもなにか教えてあげなければと思い声をかけた。
 19時以降の外出は遠慮するようにとか、そんな簡単で短い忠告。太陽のある時間と月のある時間では街が見せる顔は真逆で優しくない。
 青年は人懐っこい笑みを浮かべてお礼を言ってくれた。あどけない笑顔にキュンとした。同年代の子は私がギャングと知っていたのであまり関わってこなかった。その分だけ私は、ある意味では男の子への耐性がないと言える。

「あの〜、もし良かったらの話なんですけど、このホテルまで案内してもらえませんか? この街、すごく入り組んでる道とかあって、結構迷うんですよね」
「いいですよ。入り組んでるとこ、本当に多いですもんね。私も子供の時は結構迷子になってました」
「ふふ、みんな経験するんですね。でもこれだけ複雑なら仕方ないですよ」

 青年に地図を見せられて苦笑いを浮かべる。そうだった。この街は治安もそうだけど、道もかなり優しくない。こっちですよ、と行き先を指差して、彼とともに歩いた。
 彼の名はヴィネガー・ドッピオくんというらしく、長期滞在の予定ではないようだった。何しにきたのか聞いても誤魔化されてしまうばかりで不思議だったが、今思えばあれは抜き打ち調査だったのだろう。私の両親がおさめる街が、今はどうなっているのか、どんな動きをしているのか、見に来たのだろう。当時の私がそんなことに気づくはずもなく。

「近道とかはしない方がいいです。地図に沿って、大通りを必ず歩いて……」

 彼の許可をもらい、真新しい地図に赤い線を引いていく。自然と近くなる顔にドキドキして自分が嫌になった。純粋に道を聞いてきた彼に、変な気持ちを抱いている。男の人と認識している。女と違う身体を持つその存在に、とても興味が湧いて仕方ない。

「……電話、鳴ってますよ」
「わ、あ、ありがとうございます! 失礼しますね……」

 視線は地図に、意識はドッピオくんに向いていた為、ポケットの中で震える携帯電話に気がつかなかった。
 すぐに彼から少し離れて電話に出る。相手はママだった。ママは慌てた様子で『今どこにいるの?』と聞いてくる。素直に場所を答えればママの慌てぶりは増して、短く要件を伝えてきた。

『強盗がね……ソッチに行ってるのよ。ちょっと捕まえるのお願いできるかしら』
「了解しました」
『気をつけてね、愛しのアンジェロ……あなたが傷つくのはアタシもあの人も見たくないわ』
「怪我なんてしないです」

 ママはすごく過保護で、それに影響されて父も過保護になりつつあった。怪我のひとつでもしてみろ。小さな怪我だろうが、完治するまで家から出られなくなる。
 電話を切る前に簡潔に伝えられた強盗の特徴と、こちらへ向かってくるルートを頭の中で繰り返す。最短で、そしてできるだけ人のいない場所で、ターゲットを仕留め……じゃない、捕まえないと。
 ひとり考え込む私を、ドッピオくんが「大丈夫ですか?」と覗き込む。私はすぐに、急用が入ったこと、地図に書き込んだルートをしっかり辿れば目的のホテルまで行けることを伝え、案内ができない事に頭を下げた。

「本当にごめんなさい。本当に」
「そんなに謝らないでください。大切な用事なんですよね。ほら、ぼくのことは気にせず行ってください」
「……ありがとうございます」

 その場を離れようとした……のだが、数歩ほど行ったところで足が、体が、勝手に動いて振り返る。ドッピオくんが名残惜しそうな目を向けている。ああ、なんか、ドキドキする。

「また、会えますよね……!」

 こんな気持ちは初めてだ。この人にまた会いたい、話したい……触れてみたい、なんて。
 男の子に耐性がない私ではあったが、それでもこんなに気持ちは積極的なんだなと驚く。
 彼の目が見開かれ、少しして笑顔が浮かぶ。

「はい! また会えます。ううん……ぼくは、会いたいです」

 頬を少し赤くして、そんな優しい声で。どうしてだろう、喉がゴクリと音を立てる。私はなにを考えているんだ。
 ドッピオくんに背中を向け、煩悩を振り払うように己の頬を叩いて気を張る。仕事だ。気になる彼のことは、一旦忘れよう。

2019.07.05


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