睡蓮の願い事 | ナノ

罪人脱獄事件の翌日…

『…天火。』
「………」
『天火。』
「うぅ…」
『ほら、早く起きて。太田先生のとこ行くんでしょ。』

朝食後、弟二人を診療所へ送り出してから私は天火の部屋に向かった。どうやら昨晩は白子さんと飲み明かしたらしく、出発前の空丸のブチ切れ具合から見てなんとなく予想はしていたが…

「おえええぇ…」

…まさかこれほどとは。

『まったく…本当に一晩中酒飲んでたの?』
「…おう。」
『はあぁ…馬鹿。』
「なんだとぅ!?」
『大して酒に強くも無いんだから、もう少し自己管理して。』
「仕方ねーだろ。男にはどうしようもなく飲みたくなる時があるんだって。」
『そういうのは立派な大人になってから云ってくれる?』
「俺は立派な大人だよ!?」
『だったら早く立つ。』
「あうぅ〜…凜香ってば冷たい…」

文句を云いながらもふらふらと立ち上がる天火。見ればとりあえず自分で着替えはしたらしいが、よれよれな上に襟の合せが逆。そして頭痛がするらしく額を押さえ、足取りは当然のことながらおぼつかない。まったく…なんとも情けない光景だ。

『もう…肩貸してあげるからちゃんと立って。着物直せない。』
「おお…悪い。」
『……あれ。』
「うん?」
『そういえば白子さんは?』
「白子?…そういや朝から見ねえな。」

天火の着物を直しながら、ふと思い出した。朝食の時にもいなかったから、てっきり天火のことを見てくれてるんだと思っていたのだけど…

『もしかして二日酔い酷いのかな。』
「へーきだろ。」
『へーきって、そんな軽く…』
「あの子案外酒強いのよー。」
『…そう。』

…まあいいか。診療所から帰って来たら、それとなく体調を窺ってみよう。あまり心配し過ぎても、あの人嫌がりそうだし。

『じゃあ行って来ますね白子さーん。』
「白子ー、留守番頼む。」

姿の見えない白子さんに声を掛けて、私たちは太田診療所へ向かった。


**********

「悪い先生、またな!」

『…空丸?』

診療所の近くまで来ると、バタバタと飛び出して来た空丸が反対方向へ走り去って行く姿が見えた。なんか、普段と雰囲気が違ったような…

「へーい先生。今空丸が出て行ったがもう終わったのか?」
「天兄ィイイイイ空兄に大嫌いって云われたっス!!!」

不思議に思いつつ天火に続いて診療所に入ると、何故か先生ではなく大号泣している宙太郎が駆け寄ってきた。

『大嫌い…?』
「おーう今お兄ちゃんを揺らしちゃいかんよ。」
『ちょ、天火!?』

天火に泣きつくも軽くいなされ、ゴロゴロと転がる宙太郎を受け止める。何があったのかは分からないが、こうもめそめそしている宙太郎も珍しい。

『あーあー…そんなに泣かないの。』
「凛姉ぇ…」
「宙太郎。空丸と仲直りしたかったらウ○コ持って行け。」
『は!?』
「ウ○コを見せる→空丸笑う→仲直りだ。」

あまりの突飛な話に、さすがの宙太郎もポカンとしている。しかし…

「ぉおおおおおっさすが天兄っス!!!」
『え!?』
「空兄ィイイイィ!!」
『宙太郎!?』

…数秒後天火の言葉に目を輝かせた宙太郎は、そのまま素直に診療所を飛び出して行った。

「おうおう、相変わらずじゃな。」
『あ、あはは…』

あれが相変わらずとは…弟よ、お姉ちゃんはあなたの将来が心配です。


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