「蓮姉さん。」
『ん?』
ある日の夕方。
リビングでピアノを弾いていると、学校帰りの祈織が珍しく私に声を掛けてくれた。
「今、少し時間あるかな。」
『うん、あるよー。なになに?』
普段物静かな彼から私に話し掛けてくれることなんて、滅多にない。急いで祈織の方を向くと、ふいに目の前に1枚の券のようなものが差し出された。
「はい、これ。」
『…うん?』
「僕が通っている学校の、文化祭の招待状。姉さんに受け取って貰いたいんだ。」
『え、貰って良いの?』
「もちろん。」
そう言うと、祈織は優しく微笑む。
「今まで、姉さんとはあまり接する機会がなかったからさ。これを機に少しでも話が出来たらと思って。」
『祈織…』
「絵麻にも、朝渡したんだ。もし都合がついたら、二人で来てくれれば嬉しい。」
『…うん、分かった。ありがとう。』
…なんて平静を装いつつ、祈織がそんな風に思っていてくれたことが少し予想外で思わず笑みがこぼれる。
「あの、姉さん?あんまり握ると…」
『…え?うわっ!あ、あはは…』
そして私の手は、嬉しさのあまり招待状を握りしめていた。