君の音色を | ナノ

『スノボに行く?』
「おう。ついさっき決まってさ。」

侑介からそう電話が来たのは、1月2日の夜遅く。私はちょうどこの日最後の仕事に向かう車の中だった。

『ついさっきって…今、夜の9時過ぎだよ?しかも苗場って…』
「ああ、なんかつば兄が急に行きたいって言い出したんだよ。そしたら雅兄たちがそれに乗っかって、母さんのツテであっという間にホテルまで取れちまって。」
『へ、へえ…』

さすがは美和さん…やり手社長なだけあって顔が広い。こんなどこもかしこも混んでそうな時期に、簡単にホテルが取れてしまうようなツテがあるなんて…。

「でさ、蓮姉はどうする?」
『…え、私?』
「カレンダー見たけど、明日明後日休みだろ?」
『…あー、そうだった。』
「じゃあ、」
『ごめん、パス。』
「え、行かねーの!?」
『うん、今日ちょっと疲れてて。それに私、スノボあんまり得意じゃないし。』
「マジか…」
『…あ、もう着いちゃう。ごめん、切るね。』
「え、あ、待てよ蓮姉!」
『スノボ楽しんできて。』
「ちょっ…」

電話越しに焦る侑介の声を遮り、言うだけ言って通話を切る。携帯を耳から離すと、自然と溜め息が口をついて出た。

『…はぁ。』

…本当は言うほど疲れてなんかいないし、スノボだって嫌いじゃない。でもどうしても、行く気にはなれなかった。

あの人の前で、どんな顔をすればいいのかが分からなくて。


[prev][next]