君の音色を | ナノ

9月21日・夕方

『はぁー!やっと終わった!!』
「はいはいお疲れ。」

車の後部座席に乗り込んで思わず叫ぶと、運転席から呆れたような言葉が返って来た。

『ちょっと、なにその呆れた言い方!朝から休みなく動いてるんだからいいでしょ、少しくらい息抜いたって!』

そう、今日の仕事は朝から分刻みのスケジュール。朝の情報番組に出演して生演奏、そのあと雑誌取材2件、それからお昼のワイドショーにゲストで出て、お昼御飯もそこそこに各テレビ局を移動して出演させてもらう番組の打ち合わせを何件か…。そしてそれが終わった今は、本日最後の仕事に向かう最中だ。

『あー…もう頭パンクしそう。』
「仕方ないだろ、これもお前のプロモーションの一環だ。」
『それはそうだけど。でも詰め過ぎじゃない?』
「これでも分散した方だと思うぞ。」
『うそ、冗談…』
「日本に帰国してから約4ヵ月、所属事務所の発表すらしてなかったんだ。そりゃ活動開始となったらメディアは興味津々で起用したがるに決まってるだろ。」
『…他人事だと思って。』
「ははっ、まぁ実際他人事だからな。」

ぐったりと背もたれに寄りかかりながら、バックミラーを睨む。けれど、そこに映った男の顔は嫌味なほど爽やかに笑っていた。

ちなみに、この人はマネージャーの高里さん。私が海外を回っていた頃からいろいろと世話を焼いてくれて、日本に戻ると決めた時も迷わず一緒に来てくれた頼れるお方。昔はモデルなんてやっていたらしく、背が高くてスタイルはやたら良い。

「それより、次のリサイタルのリハ18時からだけどその前に何か食ってくか?」
『うーん…あ。』

時間を確認しようとバックから携帯を取り出すと、ちょうど電話が来ていた。

『絵麻だ…。もしもーし、絵麻?』
「お姉ちゃん?ごめんね、仕事中に…」
『大丈夫だよ、今移動中だし。それで、どうしたの?』
「えっと…ケーキの作り方、教えてくれない?」
『…ケーキ?』
「うん。」

ケーキって…あのホールとかのケーキ?

『えーっと…なんで急に?』
「今日、昴さんの誕生日会するでしょ?」
『…あぁ!』

そうだ、今日は昴の誕生日会があるんだった。今日の朝まで覚えてたのに…ごめん昴!!

「それでね、右京さんからケーキ作りを頼まれたんだけど…私しばらくケーキなんて作ってなくて、レシピとか分量とかほとんど覚えてないの。」
『あー、そういえば小さい時以来作ったの見てないね。』
「でしょ?だから、お姉ちゃんに作り方教えてもらおうかなって。」
『それならネットで調べた方が…』
『お姉ちゃんの作り方のほうが絶対おいしいから。」
『うーん…』

なぜか自信満々に言い切る絵麻。私自身確かにお菓子作りは得意だけれど、そんな大層な材料を使っているわけでも、技術を使っているわけでもない。至ってフツーの作り方しか知らないんだけど…それで良いんだろうか。

『え…普通にイチゴのショートケーキでいいの?』
「うん!あ、出来たら難しくないくらいにアレンジもできたらいいんだけど。」
『アレンジか…。じゃあ、』

まぁ、絵麻のことだからきっと上手い具合に作ってくれるだろう。そう思いつつ、私は精一杯頭を捻って覚えているレシピを伝えていった。


**********

『…で、最後にイチゴを乗せて完成。』
「…うん!ありがとう、すごく助かった!」
『いーえ、どういたしまして。』
「じゃあ、お仕事頑張ってねお姉ちゃん。ケーキはちゃんと冷蔵庫に入れとくから!」
『ん、ありがと。』

絵麻の元気な声に、思わず笑みがこぼれる。そのまま電話を切ると、運転席の高里さんが不思議そうに聞いてきた。

「なに、妹さんケーキ作んの?今日お前の誕生日だったっけか?」
『ううん、私じゃないよ。今日は兄弟の誕生日。』
「兄弟…って、ああそっか。お前新しく兄弟出来たんだよな。」
『うん。兄が6人と弟が4人、それと同い年が1人。』
「へぇ…あぁ、だからこの前俺が迎え行けなかった時、車で迎えに来てもらえたのか。」
『そうそう、兄にね。…あ、そうだ。』
「ん?」
『ねえ、出来たら何か食べてく前にどこか大きなスポーツショップ寄ってくれない?買いたいものがあるんだけど。』
「あー…別にいいけど。」
『じゃあお願い!』
「おう。」

私が手を合わせて頼むと同時に、大きくハンドルを切る高里さん。迷うことなく車を走らせるところを見ると、既にこの辺りのお店や道もリサーチ済みらしい。外を流れていく景色を見ながら、私は彼に何を贈ろうかを真剣に考え始めた。


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