君の音色を | ナノ

私たちが朝日奈家に来て、はや1か月。だんだんと気温も高くなり、季節は夏本番が近付いてきている。

「蓮ちゃん…少し髪、うっとうしい?」

琉生が急にそう訊ねてきたのは、そんなある日の朝食後だった。

『あー…うん、そうかも。』
「やっぱり…」

私の髪を弄りつつ、ぽつりと呟く琉生。確かに、日本に戻って来てから一度も美容室に行けていないのもあって、最近首周りが煩わしくなってきたところだった。さすが美容師、髪の変化にはいち早く気付いてくれるんだな…。

「蓮ちゃん、今日お仕事何時から?」
『仕事?今日は確か、午後からだったかな。打ち合わせと、レコーディングか何曲か。』
「じゃあ…朝一でカット、してあげる。あと、トリートメントも。」
『えっ…でもいいの?忙しいんじゃ、』
「大丈夫。今日は午前の予約、無いから。」

思わず聞き返した私に、琉生は即答で答えた。そして再び私の髪に触れる。

「お店、開店したら来て。待ってる、ね。」
『う、うん。じゃあ、お願いします。』

天使と見まごうほどの破顔スマイルでそんなこと言われたら、もう断れるわけないよね…!しかも琉生は、カリスマスタイリストとしてすごく人気が高いらしい。勤めている美容室では常に指名の予約客が絶えないのだと、いつだったか要が教えてくれた。

そんなすごい人に髪の毛を切ってもらえるなんて、私にとって初体験。ここはありがたく、お言葉に甘えさせてもらおう。

「琉生兄、早くしないと遅れるんじゃないか?みんなもう先に下行ったぞ。」
「うん、今行く。」

横をすり抜けていく昴に言われると、琉生は時計をちらりと見てから玄関へと向かった。そういえば、今はみんなちょうど家を出る時間帯だったっけ。私もお見送りに行くために、琉生たちに続いてリビングを出る。

『いってらっしゃい。琉生、昴。』
「うん、また後で。」
「…行って来る。」

エレベーターのドアが閉まる間際私が手を振ると、昴に目を逸らされてしまった。やっぱりまだ避けられているらしい…。まあでも、言葉を返してくれるようになっただけ進歩か。一か月前は何も言ってくれなかったし。

『うーん…』

あれこれと考えつつ、兄弟みんなが出て行ったリビングに戻って電気を消す。家を出るのが遅くならないように、私も準備しに行かないと…


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