無事、朝日奈家の一員として迎えてもらうことが出来た次の日…
ピンポーン…ピンポーン
『う…ん…』
玄関から聞こえる呼び鈴の音に目を覚ますと、手元の時計はぴったり朝7時30分を指している。
『今日は……日曜じゃん。』
カレンダーを見ても今日の日付の色は赤。なら、もう少しくらい寝かせてくれても…
ピンポンピンポンピンポーン
『…ぁああああうるさいなぁもうっ!!』
止む気配のない呼び鈴の連打攻撃に腹が立ってきたので、結局ベッドから飛び起きた。そのままの勢いで玄関に向かいドアを開ければ、そこに立っていたのは一人の男。
「あ、出てきた出てきた!おっはよー蓮♪」
『…おはよう。』
えー、彼は確か双子の片割れの…そう、椿だ。
『あの、なにか…』
「っ…パジャマ姿かぁいー!」
『うわ!?』
いきなり背骨が折れそうな勢いで抱き付いてきた椿。突然のことに驚きとりあえず抵抗はしたものの、身長差もあってがっつり抱き込まれてしまったためなかなか引き剥がすことが出来ない。
『ちょっ…苦しい!離してってば!』
…なんて口で言ってみても、当然のごとく効果なし。いかん…このままでは成すがまま。どうにか抜け出すべく策を考えていると、不意に椿が動きを止め不思議そうな顔で私を覗き込んできた。
「…あれ?」
『…なに。』
「お兄ちゃんって呼んでくんないの?」
『はぁ?』
「だーかーらぁ、『おはよーお兄ちゃん♪』って、笑顔で言ってくんないの?」
私を捕獲(違う)したまま、至極真面目な表情で言う椿。一見すれば普通(?)のおねだりをしているようだが、言ってることは意味不明…というか、どこか変態臭ささえ感じる。
『いや。』
「えー!なんで!?」
『お兄ちゃんなんて言う年頃でもないし。しかも私たちまだ昨日会ったばっかりだし。』
「でももう俺ら兄妹だろー?慣れは大事ってゆーじゃん!だから、」
『いーやーでーす。』
「うー…」
『………』
不満そうに小さく唸った椿は、まるで叱られた犬のような悲しげな顔で私を見つめ始めた。負けじと応戦はしてみたが、だんだんと潤みはじめるその目はちくちくと私の心に罪悪感を芽生えさせる…。
っ…あーもう仕方ないなぁ!
『……お、おはよう。椿…兄さん。』
「…へ?」
『い、言えって言ったのはそっちでしょ!?でも今回だけだからね、普段は名前で呼ぶよ。』
「くっ…!!」
『え?…ちょっと椿!?』
気恥ずかしさに視線を逸らしたまま言うと、椿は突然顔面を押さえ廊下に倒れ込んだ。なんか転がったままプルプル震えてるけど、一体何が起こったのコレ!?
『つ、椿!椿起きて!ここ私の部屋の前!しかもドア開けっ放し!!』
「…どうしたの?」
『あっ…ああああぁっ(泣)!!』
きゅ…救世主!ナイスタイミングだよ梓!!多分相当必死な形相であろう私の顔を見て、梓はものすごく怪訝な顔をしている。けれどその前の光景で状況を察したらしく、素早く駆け寄って来てくれた。
「椿…?何があったの?」
『わ、分からない…なんか急に倒れて、震えだして…』
なんとか説明はするが、言葉はまとまらない。そんな私をよそに、梓は倒れている椿を抱き起こして心配そうに顔を覗き込む。すると椿は顔を覆っていた手を外し、薄らと目を開いた。
「椿、どうしたの?具合でも悪い?」
「あ…あず、さ…」
「うん、なに?」
「妹…ツン…デレ…最高…!兄…さん…萌え…」
『…は?』
朝から何言ってるのこの人…
「……そう。」
「あだぁっ!!」
椿の言葉を聞いた梓は、呆れた顔をして立ち上がる。梓の膝に頭を乗せていた椿は、床に後頭部を強打して痛みに悶絶していた。
「なんだ、大丈夫みたいだね。」
『そ、そうだね…』
無事…とは言えないが、まあこれだけ転げ回れるなら大丈夫だろう。うん、良かった。
「ああ…そういえば京兄が、朝ご飯出来たって。」
『え、もう?』
「もうって、8時だよ?」
『うそ!?』
「ほんと。」
梓に言われて時計を確認すると、確かにもうすぐ8時。まさか椿との攻防にこんなに時間を奪われるとは…想定外だった。
「君も早く着替えて上においで。ね?」
『分かった。ありがとう、梓。』
「ううん、僕はただ椿を迎えに来ただけだから。」
『よく分かったね、私のところにいるって…』
「ただの勘、だよ。」
『わー…さすが双子。』
「ふふっ、まあね。じゃあ僕たちは先に行ってるから。…また上で。」
そう言うと、梓はのた打ち回っていた椿を引きずってエレベーターに乗り込んで行く。ゆっくりと扉が閉まるのを確認してから、私はひとつ背伸びをした。
『うーん…朝からひと騒ぎしちゃったな。』
でもおかげで目は覚めたし、まあいっか…。