※赤降要素有り
















…はぁ。
今日も、…いいや、いつも以上に赤司はうるさい。
そりゃあ、三連休に恋人の降旗とデートして楽しかったのは分かる。それでも嬉々として、俺に相槌すら挟ませないくらい話す必要はないと思う。
惚気とか勘弁してほしい。

もうとっくに、マネージャーの最後の仕事である日誌を書くのは終わった。それでも赤司の話には終わりが見えない。


前なら…。

ゆっくり目を閉じると、今はここにいないあの人の姿が脳裏に浮かぶ。
こうして困ったとき、何気なく助けてくれたあの人を。
まだ、バスケをしているんだろうか…。


「ほら、征ちゃん。そろそろお話を終わりにして帰らなくちゃダメでしょ?
それに私、なーちゃんに用事があるの。ということで行きましょうか!」


声が聞こえた方を向こうとしたときには左手を掴まれ、右手には荷物を押しつけられて、いつの間に部室の外へと歩き出していた。

俺は情けない声を漏らしながら、ちょっと強引なくらいの力でその人に手を引かれる。
少ししたところでその人は歩くスピードを緩めて、俺のほうに男にしては艶やかな笑顔を向けた。


「お久しぶりね、なーちゃん。元気だったかしら?」

「お久しぶりです。元気ですよ、…たぶん」


俺の手を引いていたのは、先程から考えていた“元”先輩の実渕玲央だった。











昔に戻ったみたいだった。

昔と言ったってほんの1、2年前のことのはずなのに、ずっと前のことのように感じられる。


つい先程まで握りしめられていた手が離されたことがどこか寂しく感じてしまうのは気のせいだと誤魔化しながら、たわいもない話をしつつ歩いていると、全国展開されているコンビニの看板が見えてきた。


「何か奢ってあげるわ」

「いえ、そんな…」

「征ちゃんのお相手を頑張ったご褒美、ってことでどう?」

「…じゃあ、お言葉に甘えて」


コンビニの店内は冷房が効いていて、少し寒いくらいだった。
しばらく悩んで、俺は白玉ぜんざいを選んだ。


会計を済ますと、コンビニから少し歩いた場所にある川の見える公園のベンチに並んで座って、俺は白玉ぜんざいを、隣はシュークリームを食べ始めた。
目の前を流れる川は、夕焼けの光をキラキラと反射していて綺麗だった。


「そういえば、どう?バスケ部」

「あ、はい。相変わらず赤司が部長です。
新レギュラーもなかなか個性的で強い奴ばかりで大変ですけど、そこは流石、赤司と言いますか…。
ただ、その赤司が誠凛の降旗と付き合うことになったらしくて…、はぁ…」

「あらあら、相変わらずね」

「そういえば、実渕先輩って、…あ」

「…なーちゃん、覚えてるかしら?」

「…はい、覚えてます」

あの日と酷似している、どこか悲しげな笑みを見ているのがつらくて、逃げるように俺は俯いた。


あの日。いや、卒業式が終わった後、俺はこの人に部室に呼び出された。


「卒業して、なーちゃんの先輩じゃなくなった、1人の実渕玲央として言わせてもらうわね。
私、なーちゃんのことが好き。あなたは、私にとってかけがえのない、誰にも渡したくない大切な人なの。
…この意味、分かるかしら?」


真剣な瞳で見詰められてしまえばその意味も分かるわけで。
いろいろ聞きたいことがあるのに、俺はただ頷くことしかできなかった。


「そう。…ごめんね、それじゃあ」


そのまま申し訳なさそうに謝って、洛山高校を立ち去った。





なんで、俺はあの時呼び止められなかったんだろう。
告白されて、目の前からいなくなって。
いろんなことに気づいた時には遅くて。
手を伸ばしても届かない。

それでも連絡を取ろうしたらできた。
ケータイの番号もメアドも持っていた
好き、というたった2文字を気持ちを伝える。
できなかった。
ただただ怖くて。
今さらすぎて、受け入れられないんじゃないか。
もう忘れてるんじゃないか。
俺はこんなことばかりを考えていた。


こうして何もできないまま、ただただ空虚に。


「俺、あなたに言いたいことがあるんです」

「いいわよ。ただ、下の名前で呼んでほしいわ」

「…、…玲央さん」


年上の人の名前を呼ぶからではなく、この人の名前だからだろうか。
柄にもなく緊張して、胸が締めつけられるように苦しい。

ちらりと目線だけで玲央さん見ると、幸せそうな顔で優しく微笑んでいて…。


「期待、しちゃうじゃないですか…」

「あら、何か言ったかしら?」


思ったことがうっかり口に出てしまった。
俯いていたからなんとか聞こえなかったみたいだ。


「…それで、言いたいことって何かしら?」


俺は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに玲央さんを見据えた。


「俺、玲央さんのことが好きです。
卒業式の日に言われては何て言えばいいか分からなかったですけど、今なら分かります。
俺、玲央さんの隣にいたいです」


いつの間にか辺りは日が沈み薄暗くなっていて、玲央さんの表情は見えない。




沈黙に堪えきれず俯きかけたとき、両頬が玲央さんの両手に包まれた。


「私もなーちゃんのことが好き。
あの時から気持ちは変わらないわ」


この言葉を聞いた瞬間、情けないことに目の前がぼやけはじめた。


「ホン、トですか…」

「本当よ。嘘つくわけないでしょ。
大好きよ、なーちゃん」

「はい。…俺も、玲央さんのことが大好きです」


零れそうになった涙を優しく取り払うと、玲央さんは少し顔を近づけ、いつもより低く掠れた吐息混じりの声で囁いた。


「…キス、してもいいかしら?」

「…っはい」


目の前で微笑む玲央さんは、どこか妖艶でとてもかっこよくてドキドキして胸がぎゅうと苦しくなる。
俺はギュッと目を瞑った。

頭、額、耳、頬へと優しく玲央さんの唇が触れる。そして最後に、唇へとリップ音を立ててキスをされた。


「というか、ここ外じゃないですか!?」

「少しくらい平気よ。
この辺は人通りが少ないほうだし、薄暗くなってきてるし。
それとも、嫌だったかしら?」

「嫌なわけ、ないじゃないですか…」

「ふふっ。それじゃあ真っ暗になる前に帰りましょうか」


優しく微笑みながら差し出された手に、俺は自分の手を重ねた。










繋いだ手は自分より少し大きくて、温かくて、…それがすごく幸せで。
俺はずっとこの手を握っていれるようでありたいと強く願った。








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