部活動へ向かう者や、帰宅する者、塾などの習い事へ向かう者。
様々な人が、様々な方向へ入り交じる中、一人の少女は艶やかな深紅の髪を揺らし、両手には一人で持つには多すぎるワークとプリントを抱えていた。
ワークは古典のもので少女は古典の教科係、そして今日は日直に当たった。つまりワークは古典担当の教師から、プリントは担任から、放課後までに運ぶように少女は頼まれていたのだ。
担任から頼まれた仕事は、もう一人の日直であった男子が手伝いを申し出ていたのだが、部活の大会が近づいてるという彼に頼むのも申し訳ないので断った。しかし一番の理由は他にあった。
「この後どうしよう…」
少女が所属している家庭部の活動は休みであった。普通は真っ直ぐ帰宅する。
しかし、少女は家が苦手であった。
彼女の名前は赤司なまえ。つまり、少女はあの有名な財閥の赤司家の長女である。
そんな彼女の家は父は仕事人間でほとんど家におらず、唯一大好きだった母は幼い頃に他界してしまい、一つ上の兄である征十郎は強豪バスケ部のキャプテンとして頂点に君臨しており帰宅するのが遅い。
だから帰宅しても、数名の使用人にしかいない。
そして彼女は兄を一番苦手としていた。
才色兼備、唯我独尊。何事においても勝利や一番を手にし、常に頂点に君臨している。
それに比べてなまえは人並み以下、良くて稀に人並みより若干上になれるくらいだった。努力をするも自分と関係ないことでチャンスを不意にしたり、小さなミスをおかしたりしてしまっていたりした。
赤司家はすべてにおいて一番にならなければならないという家訓があり、幼少の頃から言い聞かせられていた。
なんでも一番を取る兄。しかし彼女は一番を取ることはおろか平均だ。
昔は優しかった兄を少なからず大好きで、尊敬していたと思う…。だが、今は畏怖の対象であり、会話するのすら逃げ腰になってしまっていた。
なまえは小さく溜め息を漏らす。考え事をしながら歩いていたいたのが良くなかったのだろう。
彼女は段差に躓きバランスを崩す。咄嗟に足元に力も入れるも、その甲斐なく転んでしまった。
その拍子にワークとプリントが勢いよく廊下にぶちまけられる。それらを拾おうと、彼女は立ち上がるために足に力を入れようとした。
「…ッ」
しかし、転んだ際に左足首を捻挫したため刺すような痛みが襲い、立ち上がれずその場にうずくまる。
しかしいつまでもそうすることは出来ない。
とりあえず、手の届く範囲にあったワークすべてと、ほんの数枚のプリントを集めた。
しかしプリントのほとんとが離れた所へと散らばったため、まったくと言っていいほど手元にはない。
残りのプリントを拾うため、左足に体重がかからないよう壁に寄りかかり立ち上がろうとしたその時、緑色の髪の毛に眼鏡をかけたいかにも真面目そうな少年が、散らばっていたはずのプリントの束を差し出した。
「拾っておいたのだよ」
「…緑間先輩。すみません…」
なまえは申し訳なさそうにプリントを受けとると、壁に寄りかかり立ち上がろうとする。それを緑間はさりげなく手助けした。
「すみません…」
彼女は床に置いていたワークとプリントを緩慢な動作で拾い、腕に抱えた。だが、それらは一瞬にしてすべて緑間の腕へと収まっていた。
なまえは突然のことに何が起きたか分からずキョトンてしていたが、すぐに我に返りアワアワと緑間の腕へと手を伸ばし取り返そうと試みた。
「お願いします、緑間先輩。それを返してください」
「その足でお前を歩かせるわけにはいかないのだよ」
「けど、今から部活に行くんですよね。
駄目、です。お願いですから…」
なまえが覚束ない足取りで緑間へと手を伸ばす光景は、端から見ると緑間が彼女を苛めているようにも見える。もちろん、お互いそんなことには気づいてもいない。
「…はぁ、仕方ないのだよ。ワークのほうを俺が持って職員室まで付き添う。
これ以上の譲歩は許さないのだよ」
「…分かりました」
申し訳なさそうに眉を八の字にして、彼女は緑間から差し出されたプリントを受け取る。
二人はゆっくりとしたスピードで、職員室へ歩き始めた。
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通常より時間はかかってしまったものの、職員室へワークとプリントを届け終わった二人は廊下を歩いていた。
緑間のなまえを保健室まで送り届けるという申し出を彼女は断ったのだが、先程と同じように緑間は譲らず、こうして保健室へと歩みを進めていた。
そんなときなまえは突然、歩みを止め深々と頭を下げた。
「緑間先輩の時間を取らせてしまってすみませんでした」
緑間はなまえの行動に眉を潜めた。
「頭を上げるのだよ」
なまえはおずおずと顔を上げる。それでも視線は完全に上げることは出来ずに俯いていた。
「俺は、お前を助けたいと思って助けたのだよ。だからお前は気に病むな。
それに、今日のおは朝で人助けをするといいとあったからな」
最後のほうに取って付けたような言葉は少し吃っていた。
今まで悲しげな表情しか浮かんでいなかったなまえの顔に、小さな花が綻ぶような笑顔を浮かぶ。
「…なんか、入学式のことを思い出しました。
緑間先輩には、助けてもらってばかりですね」
「お前は見ていて危なっかしすぎるのだよ」
緑間はテーピングの施された右手を少し上げるもすぐに引っ込め、しかし再度上げると躊躇しながらも壊れものを扱うような手付きで、なまえの頭を優しく撫でた。
彼女は何度か瞬きするも、安心しきったような笑顔で緑間の手を受け入れた。
時折どこかの教室から吹奏楽部の音が聞こえる。二人の間には穏やかな空気が流れていた。
しかし、この穏やかな空気は、ある一人の人物によっていとも簡単に崩れ去ることになることを、この二人はまったく予想していなかった。
「なまえ、緑間。ずいぶんと楽しそうだな」
凛と響いた声に、緑間はなまえから手を離し、なまえは一歩後退り、そして二人はぎこちない動きで声のする方に顔を向けた。
そこにはなまえの兄であり、緑間の部活のキャプテン兼友人の赤司征十郎が笑っていた。
正確に言ってしまえば、口許だけ笑っている。それ以外は絶対零度よりも冷たい雰囲気を放っていた。
「…お兄様」
「なまえ、お前は何をしている。今日は部活が休みだっただろ。
それなら早く家に帰ったらどうだ?お前に呆けているような時間はないはずだろ。
それに、なんで緑間とこんな所を歩いているんだ?」
「赤司、言い過ぎなのだよ。
なまえは日直と教科の仕事をしていて、ただ俺は怪我をしていたなまえの手伝いをしているだけなのだよ」
「そうだとしたら尚更、なまえに言いたいことがある。
何故、怪我をしたかは分からないが、お前は注意力散漫すぎる。それに他人に頼りすぎだ。
…俺の言いたいことは分かるだろ、#名前」
「…っはい、お兄様、申し訳ありません。それでは、私は帰ります。
緑間先輩、すみませんでした…」
なまえは赤司と緑間の二人に深々と頭を下げると走り出した。しかし一瞬うずくまる。
それでも、よろよろと立ち上がり彼女は走り去った。
彼女の頬は、分かりやすいくらいに濡れていた。
「…なまえ!」
しばらく呆然していた緑間。我に返り、その場から一歩踏み出す。
だがしかし、目の前に赤司が立ちはだかった。
「赤司、そこを退くのだよ」
「緑間、そんなことはいいから早く部活に行け。
…それに、俺に命令するのかい?」
「…ッ」
「…赤司君」
緑間の背後から、淡々とした声が響く。そこには、二人と同じバスケ部の黒子テツヤがいた。
存在感が稀薄な彼に、二人は近くにいたことに気づけず、内心驚いていた。
「どうした、黒子?」
「君に用事があるんです。
…だから緑間君、ここから立ち去ってはいただけませんか?」
「…!すまない、黒子!」
じっと緑間を見つめる黒子の瞳は何かを語りかけており、それを読み取った緑間は小さく頷くと、その場を強引に走り抜けた。
突然のことに動けなかった赤司は緑間が走り去った方向、――つまりなまえが走り去った方向に険しい視線を向けていた。
しばらくして黒子へと視線が戻された。その表情はいつものような余裕あるものとは程遠く、苛立ちが露になっていた。
「それで、用事とはなんだ黒子」
「今日、図書委員の仕事でいろいろしなければならないことがあるので部活を休みます。
…それと、もう少し妹さんに優しく接してあげてはいかがですか?」
「優しく?いいか、俺は優しい言葉をかけようと心掛けているんだ!!
しかしな、優しすぎてはいけない、兄としての尊厳も大事だろ。
というか俺はなまえのことを想っている。大好きだ!!
だから緑間と言えど、なまえに穢れた虫が寄り付くのは許せないんだ!俺が小さい頃から守ってきたんだ。もちろん今もそうだ。
だいたい、黒子。どうしてお前は俺の邪魔をしたんだい?」
「そんなつもりはなかったんですけどね。
というか、前に言ってましたよね?妹さんとの距離を縮めたいと。
今日の君を見て思ったのですが、縮めるどころかむしろ遠ざけていますよ。
君は馬鹿なんですか?君のその二つある目はただの飾りなんですか?これは自業自得ですよ」
黒子はただただ淡々と述べる。
その言葉は赤司の心に深く抉るようにしながら突き刺さってゆく。
段々と目が虚ろになってゆく赤司を、黒子は呆れと哀れみの籠った冷たい目で見つめていた。
「それでは、ボクは委員会なので。
あ、そうそう。今から妹さんの所へ行こうなんて思ってはいないとは思いますが、一応言わせていただきます。
もし、今から妹さんの所へ行ったら嫌われますよ、確実に」
そうして黒子は図書室へ向かった。
「…嫌われる」
赤司の脳内にその言葉が何度も何度も流れた。
赤き少年の愚かな過ち
その日の部活、赤司は生ける屍のようだったらしい。
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読んでいだきありがとうございます!!
初の赤司様夢でいろいろと迷走していましたがなんとか書けました(笑)
可愛い妹ちゃんとイケメンな真ちゃんと残念すぎてむしろ気持ち悪い赤司様と真っ黒子っちを書けて楽しかったです(*´ω`*)
書いてる途中あのシスコン台詞にドン引きしたのと、完成したのが赤司様の誕生日なのは今ではいい思い出です(笑)
このたびは素敵な企画ありがとうございました!!