「難しい…」
ただいまファッション雑誌とにらめっこして、ネイルアートに挑戦中。
愛読していた雑誌で見つけたネイルアート。
すごく可愛いし、家にある物で出来るみたいだからやってみよー、なんて軽い気持ちがいけなかった。
どりあえず、かなり時間がかかったけどなんとか左手だけできた。
塗りむらがあったり、ストーンがずれてしまったのは初めてだから仕方ないと自分に折り合いをつける。
「不器用だなぁ…」
もう少し、綺麗にしたかったな。
そんなことを考えながら、ぼんやりと左手を見ていたら携帯が鳴ったら。
女の子が恋に一喜一憂する可愛いらしい内容で、私の一番大好きな曲。
この曲が流れるのは一人しかない。
軽い手つきスマホを操作する一つの新着メールで、予想していたとおり彼氏の良君から。
内容はクッキーを作りすぎてしまったからお裾分けに行ってもいいかという、相変わらず女子力の高い彼らしい内容だった。
もちろん暇していたから大丈夫と返信を出す。すると、じゃあ今からお邪魔しますと可愛らしい絵文字付きメールが来た。
返事は出さず、スマホから雑誌へと視線を移す。
「良君にしてもらおっかな…」
私は右利き、更に不器用である。
左手でもこの有り様なんだから、右手がどれだけ酷くなるか、いや右手だけ済まないかもしれない。
器用で可愛いものが好きな良君なら上手そう。
むしろこの状況、良君に頼めと言わんばかり。
「ちょっとなまえ!桜井君が来たわよー!」
「あ、部屋に上げちゃってー!」
下から聞こえたお母さんの声に良君の来訪を知る。
ワクワクしながら、だんだんと近づいてくる階段を上がる音に心踊らせる。
ガチャリと開いたドアからひょっこりと申し訳なさそうな良君が顔を出した。
「クッキーを届けるだけなのにスミマセン」
「大丈夫だよ。むしろ休日に良君と会えて嬉しいし。
ほら、上がって上がって!」
そう言いながら手招きをするとはにかみながら部屋に入り、小さな折り畳みテーブルに向かい合うような形に腰を下ろす。
「はい。これ、クッキー。
美味しくできたといいんだけど…」
「良君が作ったものならなんでも美味しいから大丈夫!!
いつもありがとね」
可愛らしくらしくラッピングされた包みを差し出している良君の白くてすべすべな頬がちょっと赤くなっていて、私がそれを受け取ると俯いてしまった。
甘くて、心地がよい沈黙がしばらく流れる。
「…あの、左手だけなの?
ああ、いきなりスミマセン!!」
慌てたように謝る良君の視線の先には、不恰好に彩られた左手の爪。
「初めて挑戦したんだけど、不器用だから上手くできなくてさ」
「そんな!!なまえちゃん頑張ったんだなって、すごく伝わってくるよ!!」
「ありがとう。
けどさ、右手は利き手じゃない左手でしなくちゃいけないから、すごく難しくなるんだ。
…良君にお願いしてもいい?」
「僕に?」
「うん。道具は全部揃ってるし、やり方はこの雑誌に書いてあるよ」
「僕なんかでいいのかな」
差し出した雑誌を受け取り、不安そうにぽつりと呟いた良君。
私はそんな彼の額に、右手で弱いデコピンをお見舞してやった。
突然のことに目を白黒させながら、額を両手で押さえる良君。
そんな姿が面白くって小さく吹き出すと、彼は拗ねたように唇を尖らせてしまった。
「ごめんごめん。
器用で信頼できる良君だから、私はお願いしたの」
「は、はいっ、頑張ります!!」
それからしばらくして、良君によって私の右手は彩られた。
かかった時間は私の半分くらいなのに、塗りむらなんかもないしストーンは綺麗に並べられていてすごく綺麗だった。
「わぁ、綺麗!!すごいよ良君!!」
「ありがとう。なまえちゃんには喜んでもらえたし、絵を描くみたいで僕も楽しかったよ」
「なら良かった。
…また、良君にしてもらいたいな」
「うん、いいよ」
テーブルに置かれたまだ乾いていない右手の横に、同じように左手を置く。
綺麗に彩られた右手とは真逆の、どう見たって不恰好な左手と見比べていたら溜め息が漏れた。
「スミマセン!!」
「え、良君どうしたの!?」
「その、右手に悪い所があったんですよね!!スミマセン!!」
「違うよ!!私がした左手、良君がしてくれたのに比べると不恰好でダメダメだなぁ、って。
というか良君のに悪い所なんてあるわけないじゃん!!」
思ったことをはっきり言ったのに、良君は唇を尖らせて不服そうな顔でこちらを見ている。
すると、まるで童話の世界の王子様みたいに私の右手を取り、不恰好に彩られた爪先にキスをした。
おとぎ話はハッピーエンドで
「不恰好でもないですし、ダメダメなんかじゃないよ。すごく綺麗で、僕は大好きだよ」
真っ直ぐ見つめながら、そう言う良君は世界一格好いい王子様でした。