あの時、テツはどんな表情をしていたか分からない。

少し前のあたしの目に映る世界はたくさんの色に溢れていた。けど、もう目の前に広がる世界は白一色しかない。
ここに来てどれくらいの月日が経ったか曖昧だけど、だんだんと寒くなってきていることが、自分と周りにいる人の服装の変化でなんとなく分かるくらいだ。



読み続けていた本が終わりを迎えた。ここに来てから、読書ばかりしている。
最初は病院内や周りを散歩をしていたりしたけど、だんだんと体が思い通りに動かなくて辛くなって、部屋から出なくなった。
それからは毎日こんな風に過ごすしかない。小さい頃から読書が好きで良かった。暇を持て余すこともないし、こうしてテツに出会えたんだから。


突然、胸が疼いて、咄嗟に胸元をぎゅっと握る。息が詰まるように締め付けられ、額からは汗が滲む。
ナースコールを押そうと、開いている片手をのろのろと手に取り押そうとしたら、潮が引いていくように痛みが弱まる。とりあえず大きく深呼吸する。


たまに起きる発作。襲われるたびにはっきりと死が突きつけられて、そのたびにテツに会いたいと思ってしまう。



もし物語なら、死ぬ間際に病室に昔の恋人登場。お互いに気持ちを伝えて、優しく手を握られ愛する人に見守られながら死んでいくんだろう。
けど、世界はそんなに優しくて、都合よくなんてできていない。今まで生きていて、そんなことはとうの昔に理解している。
それでも、願わずにいられない。夢なんかじゃなくて、この耳で、目で、手で、あたしのすべてを感じたい、伝えたい。本当はあの時にでも言ってしまいたかった。

きっと、さよならの言葉もこの気持ちも、全部、全部あたし一人胸に抱き締めて死ぬんだろう。じわじわと頬が冷たく濡れていく。


「…テツに、会いたい。…っ大好き、ごめんね」

「ボクも大好きです」


心地よく響いた声は、あたしが求めていた最愛の人だった。


「…テツ、テツ」


ゆっくりと近づいてくるテツ。ベッドの傍に置かれている椅子に座った。


「聞かせてください、貴女の本当の気持ち」

あたしの顔を覗きこみながら優しく頭を撫でるテツに、胸がキュッと締め付けられた。




別れる時に言ったことは嘘だということ、今でもテツが大好きだということ、そしてあたしの心臓のこと。


「…今まで、黙っててごめん」

「いえ、本当のことを聞けてよかったです。
…ただ、正直まだ信じられません。これからも、変わらずボクの隣に貴女がいると思っていました。
春はのんびり桜を見て、夏は賑やかなお祭りに出向いて、秋はたくさん読書をして、冬はお互いの温もりを感じる。そんな風に何度も貴女と四季を巡る。
別れは必ずあります。けど、こんなに早く、こんな形になるとは思いませんでした。
ボクはまだ貴女にそばにいてほしい。いえ、そばにいたいんです」


胸が、苦しい。
生まれたときから心臓が弱くて、十五歳までしか生きれない、生きたとしても普通には生きれないと知っていた。
だから、ここまで生きて、誠凛高校に入学して、テツと出逢えたことも、最期にテツがいるのは奇跡なんだ。たくさんの奇跡は、あたしに生きるということを渇望させる。とうの昔に諦めかけたはずなのに、求めずにいられない。


「ごめん、ごめんねテツ。あたしも、もっとテツと一緒にいたかった。
けど、無理なんだ。だからお願い、あたしのワガママを聞いてくれないかな?」

「もちろん、いいですよ」

「テツと、キスしたい。
前にも言ったけど、初めての彼氏はテツだから、ファーストキスもテツがいい。
…ううん、テツしかいないの」


そうしたらテツは柔らかく目を細めた。それは、あたしの一番大好きな表情。


「好きです、大好きです。…なまえさん、愛しています」


今にも唇が触れてしまいそうな距離で、吐息混じりの優しい声音で囁いて、キスをした。

嬉しくて、幸せで、悲しくて、苦しくて。
たくさんの気持ちがない交ぜになって、甘さと切なさに胸が締め付けられた。



重ねられた唇がゆっくりと離れて、テツがいつもより少し強い力で抱き締めた。
ちょっと苦しかったけど、あたしも抱き締め返した。


「…ね、あと一つだけワガママ言うね。あたしもテツのこと好き、大好きだよ。愛してる。
…だけどね、あたしのことはいつか忘れて、他の子と幸せになってほしいんだ。
あたしはすごく幸せだよ。こんな風にテツの人生に少しでも関われて」

「それは無理です。誰か好きな人ができたとしても、なまえさんの思い出は、ボクにとって大切な宝物で支えです。だから、そのお願いは聞けません。聞きたくありません」


テツの性格と同じくらい真っ直ぐな声に、不覚にも止まったはずの涙が少しだけ溢れてしまった。その後、ぽつりぽつりと他愛ない話をしていたら、看護婦さんが来て面会時間は終了だということを告げられてしまった。


「それでは、帰りますね。…時間ができたら、また来ます」


そんな言葉を残して、病室を名残惜しそうに去っていったテツに、曖昧に笑いながら手を振ることしか出来なかった。









明日を見ることなんてできない。だから、あたしは毎日を震えて過ごす。
この心臓は、いつまで動いてくれるのか。


そんなあたしの胸には、たくさんのものを抱いている。
眩しいくらいの綺麗なものに溢れていたこの世界で、テツに出会って、初めてをあげて、たくさんの夢や希望、数えきれないくらいのものを貰った。


「さよなら、ありがとう。…幸せでした」








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