<オープニング フェイズU>
砂と太陽の国の中を、何の変哲もないはずの学生服に身を包んだ遊城十代という名の彼は、これは。と声をあげた。
もちろん彼が現代日本に居るのならば、何の変哲もなかったと言えただろう。けれどここでは明らかに十代の姿は浮いていた。
もう薄暗くなってきたというのに活気に溢れた街の大通り。人々は褐色の肌に簡易な服装で、この気候に適した姿だ。対する十代は無駄にしっかりした生地の制服である。熱い。
上着だけでも脱ごうかと一瞬考え、すぐにそんなことをしている時間がもったいないと思い直し、歩き始めた。雑踏を突き進んで、遠くに見える一際巨大な建造物の方へ向かう。気がつけば走り出していた。途中で何人もの身体をすり抜ける。
「にしてもこの夢も久しぶりだ。元気にしてるかな、あいつら」
彼はこの世界の住人ではない。よってこの世界のものに触れることができないし、知覚されることもない。けれど、ここには十代の友人が居る。出会ったのはもう昔のことで、二度と会うことはないと思っていた。その後何度か寝ている間にこの風景を見ることがあっても、だいたい会えずに目が覚める。
でも今回は、会えるような予感があった。
そしてその予感は、最悪の形で果たされる。
突然暗くなったな、と上をみると目の前に黒い羽根が無数に舞っていた。無意識の内に手を伸ばし掴むために立ち止まる。鳥の羽根にしては大き過ぎるし、混じりけのない黒が人工物じみている。指の先で掴んで観察していると、もっと大変なことに気がついた。
「この羽根、なんで俺が触れるんだ?」
「それはお前が、遊城十代だからだ」
似た音質の低い声が、その疑問に応える。驚きと嬉しさを湛えて十代が振り返ると、肌の色に薄汚れた麻布をまとっていること、そして金色の瞳を持つことを除いて瓜二つの顔があった。
彼が捜していた友人の一人だ。
「覇王っ!」
昔のようにそう呼んだ。昔のように「十代」と、返してくれると思った。しかし響いたのは背後からで、建物の崩れる破壊音。悲鳴と、炎。爆風。
向かい合う覇王と同じ色の茶髪がばたばたとはためいて、十代の肌を叩く。何が起こっているのかは分からない。だけどここは危険だ。
本能のままにそう判断して、十代は手を伸ばす。
驚くほど乾いた音で、差し出した手が払われた。
「命が惜しいなら、帰るといい。遊城十代」
覇王はそう告げて、背を向けた。十代の目の前で、その背に白い色をした翼が浮かび上がる。翼はまがい物のように不自然な動きで覇王を宙に浮かべると、辺りに先ほどの黒い羽根がばらまかれた。
黒い羽根に触れた人々が、苦痛の叫びをあげる。その叫び声に引き寄せられた無数の悪魔が、人々に爪を立て、引き裂かんと腕をあげた。
「止めさせるんだ!ネオス!!E・HERO!!」
十代の首から下がった黄金のパズルが光り、声に呼応して彼のヒーロー達を具現化させる。冷や汗を払いながら笑顔を作り、宙に浮く覇王を見定めた。
「やってみたら意外とやれるもんだな。さすが夢だ」
「俺の邪魔をするのか」
「ああ、邪魔させてもらうぜ、覇王十代!!」
十代の答えを聞くと、覇王は眼を閉じて纏っていた麻布を外した。今まで隠れていた金の装飾品と、左肩の刺青が現れる。立派な装飾と対照的に砂によごれたままの素足が、こんな場面だというのに十代には気になった。そんなところは、昔と全く変わってないのに。
「あれを潰せ。障害になるだろう」
低い声は殺意を命じ、飛び上がった悪魔達が一斉に十代を襲いかかる。ここは逃げる他ないと一歩下がったが、分が悪い。この攻撃を避けたとしても、走るしかない十代に勝ち目はなさそうだった。妙に冷静にそう考えて、もう一度覇王の顔を見る。……ん?
「十代さん!俺の手に掴まってください!!」
言われるまま差し出された手を掴むと、十代の身体は高く高く舞い上がった。
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