< ??? >







不動遊星が目を開くと、広がっていたのは黒一色だった。倒れていた身体を上半身だけ起こし、改めて目を凝らす。何も見えない。ただ漠然と、これが闇だと感じた。ああ、俺は負けたのか。グローブの中で指先が静かに震えていた。


「良かった。気がついたね、遊星くん」


どこからともなく声が聞こえ、その主を探した。そして突然目の前に現れたのは差し出された手で、顔を上げれば制服を着た武藤遊戯を見つけた。遊星の目に驚きが映るのを確認し、遊戯と同じ制服を肩でなびかせたアテムが腕を組んだまま表情を和らげる。


「心配したぜ、遊星くん。そして君のおかげで、」

「どうして、遊戯さんとアテムさんがここに。……バトルに負けたのは、俺だけのはずです!!」


半ば混乱したまま、遊星はアテムの言葉を遮るように言う。遊星の手には、いまだにスターダストドラゴン消えていく感触と、後悔と、身を裂くようなダメージがありありと思い出せた。
そして今、闇のゲームの敗者となった者の末路として、遊星はここに居るはずだった。

しかし遊戯達が顔を見合わせて二つ三つ言葉を交わす様子に、危機感のようなものは感じられない。まずは、落ち着いて。そう前置きをしてから、遊戯は状況の説明を始めた。

遊星のスターダストドラゴンが破壊された瞬間、全員の視界が暗転したのだという。遊戯が言うには、それは以前これと似た闇のゲームで起こった現象と同じだった。


「推測すると、おそらく一度ゲームそのものに強制終了が発動したんじゃないかな。トリガーになったのは、メインプレイヤーである遊星くんのエースモンスターが破壊されたこと。もしそうだとしたら、」

「ゲームそのものを再開させることが出来れば、オレ達にはまだ逆転の手が残されている。……あれを見てくれ」


アテムが指差した方へ首を巡らせると、遊星の目には白く光る一綴りの文字が見えた。


 < continue? >


まるでゲームのようですね。遊星が思わずそう口にして微かに表情を緩めると、ああこれはゲームだぜ。とアテムは反対に表情を堅くして返す。両者の違いに噴き出しそうになりながら、遊戯は言う。


「だから、決めるのは遊星くんだ」

「俺が……」


改めて二人を見上げると、彼らは遊星の言葉を待っていた。選択肢を持つのはメインプレイヤーだから。それだけではないことなど、遊星には分かっていた。迷いがあるのは、否、迷うことが出来るのはもう遊星しか居ない。だからこそ、遊星は一つの迷いを言葉にする。


「俺のモンスターは破壊されてしまい、あの悪魔を倒す方法がわかりません。それにもし倒せたとしても、いや、倒せてしまったら、きっと俺は覇王を殺してしまいます」

「いやー、やってみれば意外とと出来るもんだぜ!な、覇王」

「……無茶をする」


闇の中から遊城十代が特徴的な赤い制服姿で現れる。その横には、同じ姿をした覇王十代の姿があった。あくまで無表情を崩さない覇王とは対照的に、疲労は見えるものの陰りのない笑顔を見せる十代に、さすがのアテムも目を見開く。


「どういうことだ、十代くん」

「えーと、簡単に説明すると……ユベルの時と同じことをしたんです。俺達の魂は元々一つですから」


二つの魂を結びつける。あの間際の瞬間にそんな重大な判断下し、実行していたのか。アテムが素直に感嘆の言葉を送ると、十代は苦笑いを浮かべる。


「本当はユベルも連れてきたかったんですが……」

「気付いていないのか、十代。あれはユベルではない。その眼を使えるというのに、ユベルが居ない訳がなかろう」

君があまりにも楽しそうだから、僕はもう少し黙ってるつもりだったんだけどねぇ


全く、誰に似たんだか。ため息を吐くようにそう呟いてから、十代は遊星に向き直る。


「遊星!こういうことだから俺達のことは気にせず、お前の闘いたいように闘ってくれ!」


遊星の脳裏に隠れていたもう一つの迷いが浮かび上がる。闘う。そして勝つ。ここにいる決闘者達は、皆それを望んでいた。もちろん、遊星も例外ではない。


「遊星くんのスターダストドラゴンが破壊されて、ボク達はここにいる。逆に考えればエースモンスターを倒すことができれば……」

「そうか!ボスである覇王のエースモンスターはもう出させました。あとは、」

「E-HEROマリシャスデビルを撃破する。いままでの情報を集める限りそれがクリア条件だろう。撃破と同時に、ゲームクリアが出来るはずだぜ」


「この世界なら……!!」


遊星は叫ぶ。どうしようもないとわかっている。そんな選択を、この人たちが選ぶ訳がないと知っている。それでも遊星には叫ばずには居られなかった。


「この世界なら覇王も体を持った一人の人間で……それに、アテムさんだって、この世界なら生きている!! だからっ、」


遊星、それは違うぜ。オレはオレの進むべき道に、進んだだけだ。その選択は誰かに強制された訳じゃない。


そうだぜ、遊星。覇王は遊城十代という人間の大切な一面だ。俺達はお互いにとって掛け替えのない自分自身だと分かったから、一人の人間でいることを望んだんだ。


アテムが冥界に還ったのも、十代くんが今の十代くんであることも、全てはボク達が選んだ終わり方だ。ボク達はもう選び終わっている。でも、遊星くんはまだ、この世界じゃ終われないんじゃないかな。


「……俺には、待っている人達が、いるんです。」


遊星は手を掴んで立ち上がり、白く光る文字に歩き出す。その歩みに、もう迷いはなかった。







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