※完結後パラレル番外編。そちらの注意書きに目を通して頂けると幸いです。
※遊戯と史実王
※曲モチーフ
冷たい迷宮。無数の扉。階段を登り、扉の一つを開けた。
椅子に座るキミを見つける。
遊戯が目を覚ますと、そこは心の部屋だった。つまりまだ、遊戯は眠っている。
それを自覚しながら、部屋の扉を開き、もう一つの扉を開ける。広がる迷宮は、今もなお侵入者を拒む。きっと間違った扉を開ければ、トラップが遊戯を襲うのだろう。
それでも歩みは止まらない。侵入者を惑わす迷宮も、遊戯にとってみれば大した障害ではなかった。何故なら、このダンジョンはクリア済みだからだ。
階段を登り、宙に浮く廊下を通り抜け、口を固く結んだまま、一心に進む。何時もならとうに出てくるであろうもう一人の姿は見当たらない。その理由も、何となく分かっていた。今日の迷宮は、いつもより冷たい。
「……」
一つの扉の前で、遊戯は立ち止まる。取っ手へ伸ばした手を戻し、扉を二回叩いた。中からの声は無かったが、もう躊躇うつもりも無い。
扉は、簡単に開いた。
部屋の中心には硬そうな椅子が一つ。座る彼は、いつもこの部屋にいる彼とは違っていた。見たことのある青いマントに、褐色の肌。千年錘と呼ばれていたパズルは首から紐で下げられ、所々には黄金の装飾品。目につく限りでもこれだけの違いが見える。寝顔はそっくりなのだが。
「ファラオ、いつまで寝ておられるつもりですか?」
「いいや、俺は寝てなんていない。少し考え事をしていただけだ。遊戯がわざわざここまで来たと言うのに、この俺が寝ている訳がないだろう?怪我は無かったか?」
何かを言おうと遊戯は口を開いたものの、空気は吸った後吐かれ、ため息になった。それよりも。と、別の言葉を紡ぐ。
「もう一人のボクはどこにいったの?姿が見えないけど」
「さぁ?俺にも分からないな。分かるのは、今この部屋には俺とお前だけだということだ」
ふたりきり、だ。そう続け、王はにやりと口を歪ませて腕を組んだ。心の底から楽しそうな顔は、似ているようで似ていなかった。
「何も無い部屋にふたりきり。何が出来る?」
「椅子取りゲームなら」
「ほぉ、受けてたとうか」
すっ、と椅子から立ち上がり、その場を点として遊戯と向かい合わせの位置まで動く。椅子との距離は両者変わらない。いつでもいいぞ。とでも言うように肩を回した。
「俺はお前達に感謝している。記憶を取り戻してくれたこともだが、それ以外にも感謝したいことが沢山ある。ありがとう」
「どういたしまして。“お前達”と表現するってことは、やっぱりキミはもう一人のボクじゃないんだね。じゃあ、ここに居たのはいつから?」
時計回りに歩き始める。歩調は狂いなく同一。二人の距離は変わらない。
「いつだろうな。俺がこの部屋に居た時間は短い、つい先程からだ。だが、パズルの中やあいつの内側に、俺はいつも居たのかもしれない」
「もう一人のボクの中に?」
「ああ。それだけじゃない、お前の内側にも、俺はずっといたのかもしれないな。俺はそれを望まないが」
「……望まない?」
奇妙な言葉に、遊戯は足を止める。その一瞬に、王は椅子に滑り込んだ。もっとも座りやすい椅子の正面という位置に居たはずの遊戯はタイミングを逃し、反応も出来ないままゲームは終了した。
「俺の勝ちだな」
「そんな硬そうな椅子、ボクには要らないよ」
負け惜しみを口にした遊戯に、王は声を上げて笑う。それから再び腕を組み、遊戯を見上げた。
「ああ、そうだ。この椅子は俺のものだ。お前らには座らせない」
硬いからな。そう呟いた一瞬だけ、笑みが消えた。遊戯は口を開いたが、言葉を発する前に楽しそうな顔で、そう言えば、と切り出される。
「俺が勝ったよな?ちょっとこっちに来いよ」
「……何?」
眉をひそめながらも近付いた遊戯に王は手招きをする。覚悟を決めてもう一歩近づき、少し屈む。
首を伸ばして、耳元で囁いた。
「罰ゲームだ、遊戯。俺のことは忘れろ」
千年パズルが光りを放ち、激しい眠気に襲われる。急速に霞んでいく意識の中で、必死に文字を組み立てる。その文字が果たして言葉になったのか、遊戯には分からない。
ボク、は、キミの、シアワセを、
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ハ/チさん作「恋/人/の/ラ/ン/ジ/ェ」よりイメージを得て。