※チーム5D
止めていた息を吐き出し、遊星はドライバーを工具入れの上に置いた。いつもなら所定の位置にすぐ戻すことを心がけるのだが、それら全てを今は後回しにするべきだと、全身が語りかけてくるのがわかる。
瞼を、おろせ!
不動遊星を構成する全ての要素がそう訴えていた。1分、いや30秒、分かった10秒でいいから!
浪費が溜まりにたまった肉体と、すり減らした精神が、己の使命だと言わんばかりにそう主張する。
もうこれに反するのは、自分が自分でなくなりそうだ。
「……」
瞼が落ちると同時に、肉体と精神は限界値を突破し、意識を失った遊星は冷たい床に倒れ込んだ。
「おい、遊星。何をしている」
遊星の真上、非常に高い位置から低い声がかかった。もちろん声を発した者は腕を組んでいるだけであり、何か特別なことをしているわけではない。ジャック・アトラスが無駄に長身であるというだけだ。
「遊星、聞いているのか?……おい!」
「寝かしておいてあげようよ、ジャック。最近大変だったんだ」
欠伸をかみ殺しながらガレージへ降りてきた同じ様に長身なブルーノは、声の音量を抑えて言う。ジャックは怪訝な顔を見せたが倣って声を抑えた。
「ならば何故、貴様は上で寝ていたのだ!」
「交代で仮眠をとっていたんだよ。次は僕がやる予定だったんだけど……必要なさそうだね。ジャック、ちょっと手伝ってくれない?」
「機械いじりは、」
「そんなことは絶対にさせないから」
学校からの帰りにいつも通り遠回りをして、彼女は時計屋に向う。そしていつも通りガレージへ続く扉のドアノブを掴んで、いつも通り立ち止まった。
十六夜アキは考える。
今日は何の用事で来たことにしよう。用事が無ければ来れないなんてことではない。仲間と言ってくれる彼らに対して、そこまで気にするのは流石に少し失礼だと思う。だから正確にはここへ来た理由、ではなくて。
……よし。たぶん大丈夫。これなら不自然じゃないはず。頭の中で会話をシュミレートしてから、掴んだドアノブを捻って開けた。
「ゆ、遊星!あの、今日なんだけど……遊星?」
がらんとしたガレージの中には、ソファーの上で静かに目を閉じた遊星が居るだけだった。恐る恐る近づくと、規則正しく胸を上下させて呼吸を繰り返しているのが分かる。
「珍しいこともあるのね」
思わずアキは呟いたが、当の本人は全く反応がない。かなり深く寝入っているようだった。ならば、自分が邪魔する訳にはいかないだろう。もともと、用事なんてないのだし。
階段を目指し一歩歩いて、十六夜アキは考える。
こんな質の良さそうな毛布ウチにあったか。とクロウは毛布を掴んで首を傾げたが、結局遊星の上に静かに戻した。
Dホイール特有の爆音を響かせて帰ってきた時には、もうソファーの上で熟睡している遊星に掛けられていたの毛布なのだが、クロウには全く覚えがない。一体これはどこから飛んできたのだろう。
「ま、いいか。」
さーて、これからどうすっかなぁ。と立ち上がって首を回した。今日はもう配達も終了済みだ。する事といえばデッキの調整か、それとも今から
ぐー
買い出しに行って手の込んだ夕飯でも作ってやる、か。今日は双子も夕飯を食べに来る予定だし、どうやら遊星も空腹のようだ。
「遊星、なんか食いてえもんでもあるか?」
「……で、」
「えっ?」
冗談のつもりで声をかけてみたら、ぼそぼそとした声が返ってきた。思わず見直ししたが、遊星の瞼はきつく閉じられている。寝言らしい。だが、ある意味寝言らしいと言えば寝言らしくもあった。
兄弟同然に育ってきたこの友人は、昔からとても無欲だ。無口なことも手伝ってか、自分の希望やらをほとんど口にしない。譲らないものは頑固として譲らないのだが。そんな遊星が、寝言とはいえ何か食べたいものがあるらしい。ここは友人として叶えてやろうと、
「ヒトデが食べたい」
思ったが無理だ。
「生……が、いい」
「生ヒトデ!?んなもん食えるか!!百歩譲って食えたとしても、そう簡単に手に入ってたまるか!!よし、明日の夕飯はカップラーメンだ。ご希望通りシーフードを買ってきてやるからよ!!」
財布を掴んだクロウが叫びながら外に出て行くと、ガレージは再び静まり返った。少しずつ時間は流れ、夕日が差し込みはじめる中、一つの人影が現れた。
人影は遊星のすぐそばに立ち、瞼にかかった前髪を払おうと手を伸ばし、止めた。
「……なんだ、これは」
目を覚まし上半身を上げた遊星の身体から上質な毛布が滑り落ちていった。
それは見知らぬものだったが、今はそれ以上に注目すべきものがある。
「海産物詰め合わせセットって書いてあるわ」
「オレ達が来た時はもう置いてあったんだ。それより、ねぇ遊星!夕飯まで時間あるしさ、デュエルしようよ!」
「駄目でしょ、龍亞!遊星は疲れてるんだから」
双子の兄妹の言葉を聞いてダンボールに雑多に詰められた海産物から目を離し、黒く塗りつぶされた窓の外に目をやる。それから時計まで視線ずらし、頭を抱えたくなった。何時間寝ていたんだ。
「……何が起こっていても、おかしくはないな」
みずみずしいヒトデを横目に、遊星は思わず呟いた。
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ヒント:逢魔が時