迷宮を訪れた彼は、まず、寒いと思った。
最初にいた部屋のほうが、数倍暖かった。それはそうだ。“その部屋は彼の部屋なのだから”

彼はしゃがみこんで、石畳に触れる。温度のない彼の手の平でも、その冷たさは伝わってきた。やはり、あいつは。固く結んだ唇の中で、ぎり、と奥歯を噛んだ。
眉間に寄せた皺をさらに深くして、彼は立ち上がった。行き先はもう、決まってる。

お 前 の と こ ろ だ 





「……!」

これは悪寒だとか、そんな生易しいものじゃない。
オレは閉じていた目を開け、周囲を見渡し注意を払う。警戒しながら手を伸ばし、横向きの扉の取っ手を掴んで階段から立ち上がった。

下を覗き込むと扉が僅かに開いているような気がしたが、この距離から確かめるのは難しそうだ。
確認するために少しずつ幅が広くなっていく階段を降りることに決める。侵入者が居るのだとしたら、警戒は怠るべきではない。

神経を張り詰めて一段づつ降りていき、上下逆さになった扉の横で一度止まる。後ろを確認すると横向きの扉の位置に比べ、足場の幅が倍近くになっていることが分かる。特に変わったところは、

「……くっ!」

それは、足元からの攻撃だった。影が揺らいだと思った瞬間には、形の無い黒い影から攻撃を食らい、扉に叩きつけられていた。
反撃を許さないとでも言うかのように、扉に縫い付け身動きを封じようとしてくる影に対し、もがきながら声を張り上げた。

「貴様、何者、だ……!」

動きが、一瞬だけ止まる。
そして先ほどより緩やかな動きでオレの首に集まった影が伸びて人の腕の形を作り、腕の先から肩、そして身体を作っていく。
人間の姿をした黒いそれが最後に首から上を形成し始めた。思わず目を背けようと視線が下に下がると、黒い手に力が入り首が圧迫される。

「相棒……」

眉を顰め口を固く結び、眉間に皺を寄せたその表情には、強い憎しみが籠もっていた。オレはこいつを知っていたし、こいつがオレのもう一人の自分では無いことも知っている。だが、オレの声は弱々しく掠れていた。しっかりしろ、あれは、神を越える神として作られた、邪神の一つ、

「邪神アバター!!貴様を、」

足に力を込め、背面の扉を蹴る。扉はビクともしないが構わない。反動で無理やり影を突き破るように動く。

「オレは再び恐れはしない!!」

再び形を失った黒い影をも巻き込んで、オレは宙に飛んだ。





アバターと共に石の床に激突した。かなりの高さから落ちたはずだが、衝撃に反して背中が痛む程度だ。ここがオレの心の部屋でなければ、この程度では済まなかっただろう。

起き上がると、飛び散っていたアバターがしつこく足に絡み付き、肺の辺りまで迫る。肺を締め付けて呼吸の邪魔する黒い影から、強い憎しみの意思を感じた。
だが、

「オレは貴様を、再び恐れはしない」

腕に力を込め、纏わりついた影を払う。何度払おうと、オレに向かってくるのが見えた。こいつは、そうだ。オレが憎くて仕方がない、そういう存在だ。邪神を作り上げたあいつはオレを憎んでいた、だが、それだけではない。これはオレを映し、作り出された形だ。だからこそ、オレは再び負ける訳にはいかない。

「それは相棒への、裏切りだからだ!!」

力が緩んで、オレから離れて行った。肩で息をしながら振り向くと、アバターは相棒の姿に戻り、下を向いて佇んでいた。震えているようだったので、注意を払いながら一歩近付く。

「!」

突然、肩を掴まれる。また攻撃されるのかと身を捻るが、それ以上何もしてこなかったので止める。もう一度正面に戻ると、アバターは顔を上げてオレを睨んでいた。

(            )

相棒の姿をした邪神は、ずっと閉じていた口を開けて動かす。それは声にならず、空気は少しも震えない。オレの肩を軽く突き飛ばすように押すと、アバターは背を向けて走り出した。

「――だけどお前のせいでボクは――か。」

あえて口に出してみると、もう次の行動は決まっていた。
あの黒い眼に浮かんでいたのが、たとえ見間違えだったとしても、今は走るだけだ。





「よくも落としてくれたな、邪神アバター」

オレから落ちたのでこの言い分は正しくはないが、挑発出来ればそれでよかった。階段の上段から声をかけてみたのだが、予想に反して黒い影は微動だにしない。先ほど落とされた上下逆の扉がある位置で、アバターは膝を抱えて座っていた。

階段を下り、その横に腰を降ろして観察する。じっ、と前を見て動かないアバターは、黒いこと以外、本当に相棒だった。
オレを映したメタルデビルトークン。それをコピーした邪神アバター。だからこいつは、オレの心をそのまま映したのだろう。

「オレはお前を倒した。だからもう負けることはない」

オレという存在が無ければ、あの心優しく強い少年にはもっと多くのものを手にしていたのではないか。考えたことは、無かった。それはいつも相棒が優しく笑うから、考えようとしなかったのだ。オレは逃げていた。それすら気付かない程に。

「だが、お前が納得しないのなら、オレは何度でも相手になってやるぜ」

オレと同じ姿をした影に手を伸ばして、頭に乗せた。するとアバターはようやく動き、首を振って払う。払った手を睨みつけた後、

憎しみを込めて噛みつかれた。





  憎 愛 情 表 現





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中川陽様に捧げます!




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