「なに、此処……」
その場所にぐるりと見渡し、思わず遊戯は呟いた。暗い、や、黒い、ではこの空間を表すことが出来ない。あえて言うなら 闇 、だろうか。距離感を失いそうになる深い闇には、一人の背中を囲むように無数の鏡が浮かんでいた。
しかし鏡は鏡としての役目を果たさず、何も映さない。赤い服を纏った人物の表情は、それを覗いても分かりそうになかった。つまり、彼自身を見る必要がある。そのためには、
「十代くん」
名前を呼ぶ。それだけのことだ。
深淵なる闇の中で
「あ、遊戯さん!」
振り返った十代は遊戯の姿を見つけ、いつものように嬉しそうな表情を浮かべた。身を翻して遊戯の元まで早足で近付き、気付かなくてすみません。と詫びる。
「ボクこそ、勝手に入ってきてごめんね」
「そんなこと気にしないでください。だってここ、元々遊戯さんの家じゃないですか」
「だとしても、今は十代くんの部屋だよ」
十代の言う通り、ここは遊戯の自宅を模して作られた家の一室だった。そしてつい先ほど十代に割り当てられた空き部屋だ。遊戯は引っ越しの様子見に訪ね、扉を叩いても反応がなかったのでそのまま入室したのだった。
するとこんなことになっていた。
「これ、十代くんが作ったの?」
「はい! 適当にイメージしたらこうなってました」
まず、空間の大きさを無視している。空き部屋には、果ての見えない広さなどなかった。遊戯は頭の中でしばらく考えるが、質量保存の法則なんてあってないようなものか。と、納得する。しかし気になっている問題はそんなことではない。
「これは……何をイメージしたの?」
「んー……“俺の部屋”、ですね。いつの間にかこうなってたので、俺にもよく分からないんです」
そう言いながら十代は頭をかいて笑う。相変わらずみせるその明るい表情に、遊戯は考えても無駄だと悟る。それは遊戯にどうこうできる問題ではなく、それが問題かどうかも分からないのだ。
「十代くんは、この部屋をどうするつもり?」
「せっかく出来ちゃったんで、これを俺達の部屋にします」
「分かった。じゃあ、ボクはもう戻るね」
「あ、遊戯さん。少しいいですか?」
遊戯が少し疲れた表情で自室に戻ってくると、いつも通り遊戯の部屋に入り浸ってデッキの調整をしていたもうひとりの遊戯が顔をあげた。
「ずいぶん遅かったな。疲れた顔してるぜ、相棒。十代くんの部屋がどうかしたのか?」
「ああ、うん。ちょっと変わった部屋になってたよ」
遊戯は椅子に逆向きに座り、背もたれに組んだ腕を乗せた。ため息ともつかない息を吐いてから、自分が見聞きしてきたものを説明しはじめる。
相方はカードを触る手を止めて静かに話を聞いていた。説明が終わると腕を組み、考えを巡らせる。思い当たるところは、一つしかないのだが。
「十代くんの……心の部屋、だろうか?」
「おそらくね」
確認のつもりで発された疑問は間一髪入れずに肯定され、遊戯が自分と同じ考えだと知る。心の部屋、それは人物そのものを映して形作られた空間だ。
遊城十代という人間が、ただデュエルが楽しくて仕方ないだけの単純なデュエリストではないことぐらい、知っていたつもりだった。
「あの深い闇に捕らわれて、永遠に出られなくなるんじゃないか。……思わずそんなことを考えたよ」
闇の中に浮かぶ、何も映さない鏡。その空間が彼を示すと言うのなら、何を表しているのだろうか。
「どうするんだ、相棒?」
「ん?ボクはどうもしないよ」
「そうなのか? オレは相棒が疲れた顔をしてるから、また悩んでるのかと思ったぜ」
「ああ、うん……これはね」
本能的な危機感を察し、遊戯がその空間から脱出しようと考えたその時だった。
「あ、遊戯さん。少しいいですか?」
一見この闇との関係性が全く見えず、空間の中で異質のようにも思えるその人物が遊戯を呼び止めた。しかしその人物こそが、この深い闇の空間を作り出した遊城十代という人間だ。
言うならばここは十代の内側だった。外側からは見ることの出来ない彼自身を、視覚的に表現しただけなのである。こんなものがあるとは思ってもみなかったのだが。
「どうしたの、十代くん」
「ちょっと頼みたいことがあるんですが……」
全身に緊張が走る。これは数多の闘いを切り抜けて来た者が無意識のうちに身に付いた、本能とでも言うべき感性からくるものだ。感性は、これは闘いの前ぶれであると激しく鐘を鳴らす。遊戯は耳を傾けつつも冷静を装い、頷きを返した。
「……俺とデュエルしてくれませんか?」
さっきデッキを調整したんで、試してみたいんですよね。十代はそう言うとカードの束を取り出して、デュエルが楽しくて仕方がないという顔で笑った。
「……は?」
「それがね、ボクはあの部屋で普通に十代くんにデュエルを頼まれて、普通にデュエルして、普通に帰ってきたんだよ」
……………………………………
デュエルする場所なんてデュエリストにしてみれば関係ないですよね。
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